★本コンテンツは,日本社会心理学会会報 第213号に掲載されたものです.

Experiment: The Stanley Milgram Story ミルグラムの伝記,映画化される

 三浦麻子

この会報に映画について書くのは2回目である。1回目は2003年2月に刊行された会報157号で,「es」(原題 Das Experiment)について書いた。ジンバルドの監獄実験を元にした映画で,「ボロカスに書きますが大丈夫ですか」と当時広報を担当しておられた先生に確認してから執筆し,さらに「さすがにもう少し穏当にならないか」とご指摘をいただいて修正したような記憶がある。今回14年ぶりにバックナンバーを見返すと本当にボロカスで自分でも苦笑した。

「Experiment」という映画がこのたび日本公開されるらしい,ミルグラムの服従実験を元にしているらしい,という情報を得て私が真っ先に想起したのはこの時の記憶だった。原題がほぼ同じだし,服従実験も監獄実験も「状況の(負の)力」に着目した作品だし,戦争などの忌まわしく理不尽な残虐さとも容易に結びつく。また好き放題脚色された内容になっているのではないか,もしそうならまたボロカスに書かねばならんのか…と思ったというのが第一印象だった。

しかしこの予想は良い意味で裏切られた。ごく簡単に要約すれば,ミルグラムの(主に研究者としての)生涯を,服従実験とそれにまつわるエピソードを核として,ごく淡々と描写した作品であった。もちろんある程度の脚色(あるいは日本語字幕における,専門用語としては誤訳とされそうなもの)がありはするのだが,ほとんど気づかないか,少なくとも歪曲とはならないようなものだった。

社会心理学を知っていればこそ意味に気づくディテールもたくさんあった。冒頭で例の「電気ショック装置」(米国オハイオ州にあるアクロン大学心理学博物館の提供とのこと)が登場するし,いかにも権威的な風貌のアッシュが登場した時には思わず声を出して笑ってしまったし,ミルグラム自身による記録映像も数多く挿入されていて,ドキュメンタリー的な色合いも濃かった。きちんと研究の記録を残し,またそれを公開することをためらわなかったという意味でも,ミルグラムは(ジンバルドも同様だが)他の研究者より一歩,あるいはそれ以上先を見通す明を持っていたと思う。

また,単にミルグラム自身の研究史をたどったというだけでもなく,映画としての楽しみもある。スタンレーとサーシャ(アレクサンドラ)夫婦と子どもたちとのストーリーや,何かを暗示しているらしいと観客の想像をたくましくさせるシーンなどである。何を意味しているのかまだ読み解けていないシーンや台詞もいくつかある。例えば,ミルグラムというのはヘブライ語でザクロを意味する,とミルグラム自身が語るシーンが複数回登場するのだが,その含意は(旧約聖書にザクロがよく登場し,それぞれ何かを象徴していることは知っているが)まだ私にはよくわからない。また,敢えて詳しくは書かないが,ラスト直前のシーンには心を動かされた。

なお邦題は「アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発」である。控えめに言って,あまり好みではない。もちろん,言いたいことはわからなくはないのだが,また「ボロカス」想定をしたではないか。この映画には,原題の方が圧倒的にふさわしい。ともあれ,劇場で,あるいは将来DVDやブルーレイソフトとして販売された暁にはそれを,是非ご覧になることをお勧めしたい。きっと「社会心理学を研究するとはどういうことか」について改めて考える機会になるはずだから。

(みうら あさこ・関西学院大学)