★本コンテンツは,日本社会心理学会会報 第213号に掲載されたものです.

エディトリアル

尾崎由佳

「在外研究」「研究休暇」「サバティカル」などと呼ばれる制度を持つ大学・研究機関があります。それぞれの制度は多少異なりますが,基本的には,一定期間(多くは6年程度)勤続した教員が数か月間から一年間ほど学務を離れて「休暇」をもらうというものです。その由来は,6日間働いたのちに7日目は安息日(sabbaticus)にすべしという旧約聖書の教えにあるとか。ただし,名目上は「休暇」であっても,その期間中は研究に専念して成果をあげることを求められる場合も多いようです。

在外研究期間を,日本国内で過ごす場合もあれば,外国で過ごす場合もあります。今回は後者,いわゆる「海外サバティカル」に注目しました。多忙な学務から解放され,世界で活躍する研究者に囲まれつつ,異国の地で過ごす日々・・・それは憧れでありつつ,なにやら得体の知れない世界。いつかは自分にもチャンスが巡ってくるかもしれないという期待感もありつつ,でも実際どうなっちゃうの?ホントに大丈夫なの?という不安も入り混じります。すでに海外で暮らした経験のある方なら慣れたものかもしれませんが,私のように生まれてこのかた日本暮らしの純粋ドメスティック人間にとっては,まさに未知の世界です。そしておそらく,今後サバティカルを取る予定のある方々,そしていずれ研究職に就きたいと思っている学生の皆さんの中にも,同じような期待と不安を持っている人が少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。

ならば,経験者に訊いてみよう!というのがこの企画の主旨であります。今回は,小林哲郎先生(香港城市大学),杉谷陽子先生(上智大学),中西大輔先生(広島修道大学)にお話を伺いました。それぞれのご滞在状況(例:どのくらいの期間をどの国で過ごしたか,どのように滞在先を決めたか,単身/家族連れであったか)にはさまざまなバリエーションがあり,さらに「そんなところに想定外の問題が?!」と驚くようなエピソードも満載,今後に在外研究を取得することを検討中の方々へのアドバイスなども含めて,大変に盛りだくさんで興味深い内容となっています。もちろん,これらが海外サバティカルの全てを網羅するわけではありませんし,代表する例という保証もございませんが,こういう事例もありました・・・ということをシェアすることで,皆様の一助となればと願っています。

(おざき ゆか・東洋大学)


小林哲郎

私は,20122月から20142月までの2年間,学振の海外特別研究員としてスタンフォード大学コミュニケーション学部に滞在しました。受入教員はマスメディア効果論で多くの業績があるShanto Iyengar教授でした。この在外研究に至るまでの経緯を簡単にお話しますと,20093月にスペインであった政治コミュニケーションの学会でIyengar教授に初めてお会いしました。実はその前から査読などでメールのやり取りをしたことはあったのですが,対面で話をしたのはその時が最初でした。その際に,当時Iyengar教授が行っていた移民に対する態度の国際比較研究で日本データが取れないかという相談を受けました。帰国後,研究資金を調達して日本データを取り,共同研究を開始しました。そして,20111月から3月までの間,短期間ではありましたが当時所属していた総研大の若手教員海外派遣事業という制度の支援を受けて,スタンフォード大学で在外研究を行いました。この時,私はスタンフォード大学が大変気に入ったので,Iyengar教授に海外学振の受入教員になっていただくように依頼し,帰国後に応募しました。

採択が決まったのは確か8月くらいだったと思いますが,すでに一度滞在していたので特に準備で困ることはありませんでした。おそらく在外研究をされる方の最初のハードルは家を探すことだと思います。私の場合は日本にいる段階からスタンフォード大学日本人会のメーリングリストに加入し,情報を集めました。運よく,私の渡航直前に日本に帰国される方が部屋の引継ぎ先を探しており,大学にも近かったことからここに決めました。特に事前に渡航して確認したりはしませんでしたが,部屋の写真を送っていただいたりしたので非常にスムーズに入居できました。また,家具や生活用品だけでなく車も譲っていただいたので,渡航当日から不自由なく暮らせたのは幸運でした。

在外研究には家族と一緒に行かれる方も多いと思います。私の場合は娘をスタンフォード大学内のプリスクールに通わせることができました。何度もメールをしても全く返事がなかったのですが,直接行って先生と話すことで空きがあるときに連絡をもらうことができました。これは海外ではよくあることだと思いますが,「とにかく行ってみて人に会って直接お願いする」というのが有効です。色々なところにメールだけ送っていても何も事が進まない,というのはよくあります。また,私の場合は現地で息子が生まれたのですが,海外学振の場合は受入大学との雇用関係はありませんので,妻の妊娠・出産をカバーする保険の費用はすべて自己負担でした。これに加えてスタンフォード大学のあるベイエリアは家賃が非常に高いので,生活に関する出費はかなりかさみました。毎日為替を気にしていたのをよく覚えています。

とはいえ,やはり世界のトップ大学での在外研究は非常に得るものが大きく,本当に貴重な経験ができたと思います。ネットワークも広がりましたし,セミナーや授業への参加で多くの刺激を受けました。また機会があれば是非行ってみたいと思っています。これからサバティカル等で海外へ行かれる予定の方は,なるべく国際会議に出て海外の知り合いを増やしておくと,受入をお願いしやすくなると思います。スタンフォード大学でも,学部によっては在外研究をする際に滞在費用を支払わなくてはならないところもあると聞きました。特に人気のある大学ではこうした在外研究員の受入を収入源の1つとしている研究室もあるようです。事前に知り合いがいるとこうした情報も知ったうえで受入を依頼できるので,後から困ることも少ないと思います。

(こばやし てつろう・香港城市大学)


杉谷陽子

私は現在,北イタリアのヴェネツィアにあるCa’ Foscari University(日本名:ヴェネツィア大学)の経営学科にVisiting Scholarとして所属しています。在外研究期間は,201610月~20173月までの半年間で,もう間もなく帰国するところです。

私の研究分野は消費者心理学なので,周りを見ていても,在外研究はアメリカに行くというのが王道でした。ただ,だからこそ,私はあまり多くの日本人が行っていない国の大学の雰囲気を見てきたい,と思いました。イタリアのスモールビジネスは,日本やアメリカのビジネスモデルとは考え方が大きく異なると聞いたのも,イタリアに関心を持ったきっかけでした。豊かな文化と長い歴史を持ち,ラグジュアリーブランドを多数輩出するイタリアで生活する消費者は,リーズナブルで高品質な製品で溢れた日本の消費者とは,全く違った考え方をするのだろうという気がしました。そういった文化差が自分の研究仮説にどう影響を与えうるか,現場を観察しながら考えてみたいと思いました。

研究以外の理由としては,車がなくても生活できる国(地域)に行きたい,というのが私の譲れない条件でした。私は車の運転は好きですが,ド下手かつ方向音痴なので,海外で運転なんて怖くて考えられませんでした。いくつかの大学が候補となった中で,ヴェネツィアは「自転車も含め一切車両通行禁止で,移動手段は船か徒歩のみ」と聞いた時,「ここだー!」と思いました。

ですが,それはヴェネツィアの良い面でもあり,悪い面でもありました。車が全くないというのは,重い荷物を運ぶ時や,体調が悪い時などには身体に応えました。また,街全体が世界遺産で,新しい建物や設備が導入できないため,アパートの水回りの悪さには閉口しました。役所の仕事が遅くていい加減なのにも幾度となく泣かされましたし,郵便物が行方不明になったり,玄関前に捨てられていたり…ということもありました。

イタリアに限った話ではありませんが,海外の先生との共同研究が上手くいくかどうかは,相手と研究テーマが合うかではなく,性格が合うかの方が重要だと痛感しました。私はホスト教員とはあまり親しい間柄ではなかったのですが,途中から方向性が合わなくなってしまい,結局,ヴェネツィア大学の他の先生や,フィレンツェ大学の先生方と一緒に共同研究を進めています。ちなみに,あくまで私の個人的感想ですが,北イタリアの男性はシャイで真面目な方が多く,いわゆる「イタリア男性」のイメージと全然違っていたことは大きな驚きでした。礼儀作法や気の使い方など,日本人に感覚が近くて,お互い第2外国語(英語)での会話という制約があるにもかかわらず,研究を進める上での意思疎通は非常にやりやすく感じます。

最後に,今後在外研究を考えている方へのアドバイスがあるとすれば,海外生活は本当に本当に大変で,想像もしないようなトラブルが起きるので,「面倒見の良い」研究者をホスト教員として見つけておくことが最重要だと思いました。英語圏以外に行く場合は,特にそうです。

在外研究は大変ですが,苦労した分だけ,人生にも研究にも大いに得るものがあると思いました。迷っているならば,挑戦してみる価値は絶対にあると思います。

(すぎたに ようこ・上智大学)


中西大輔

20158月末から20162月まで家族で半年ほどイギリスのレディングに滞在しました (実際には半年で帰ったのは私だけで,妻と子どもたちは1年間おりました)。半年ですから,ビザも取らずに行く予定だったのですが,レディング大学でHonorary Research Fellowの地位を得た方が何かと便利ということで,妻だけではなく私もビザを取得することにしました。受け入れ教員としてレディング大学の村山航先生にお願いをしました。6ヶ月以内の滞在であれば特別のビザは不要ですが,研究員の地位を得るためには必ず取らなければいけません。ビザはBusiness VisitorカテゴリのAcademic Visitorというものを選びました。

病気の際にはNHS (National Health Service) で無料のサービスを受けることができます。とはいえ,NHSのサービスはとても不便で,熱を出した子どもを連れて行くとたいてい3時間以上は待たされます。待っている子どもにサンドウィッチを出してくれたりしますが,そういう問題ではないだろうと思います。ご存知のように,英国ではGPs (General Practitioners) というかかりつけ医の制度があります。向こうについたら近所の医者に登録をしにいきます。専門医に掛かりたい場合には必ずGPからの紹介状が必要で,数ヶ月待たされることもあります。これではとても使えませんので,すぐに診てもらえるPrivateの専門医を利用することもありますが,これがかなり高額です。PrivateのサービスはGPの紹介もいりませんが,一度で数万円の支出が必要になります。そうしたサービスを利用したいときには日本国内で保険に入っておいた方がいいでしょう。代わりに予約もしてくれますし,タクシー代も出ます。こうした医療サービスについては子連れで滞在する際にはとても大事なので現地の情報をあらかじめ調べておいた方がよいでしょう。Brexitの際にNHSのサービスについての議論が盛んでしたが,そこに英国民の不満が溜まっているのは (原因帰属が合理的かは別として) よく理解できる話です。

子連れで滞在する場合のもう一つの問題は学校です。上の子は日本では小学3年生でしたが,誕生日の関係で,英国ではPrimary School5年生になりました。大きな都市の場合には日本人学校という選択肢もあるのでしょうけれど,レディングにはありませんし,ロンドンに連れて行くのもたいへんなので,事前に下見をした中から郊外のわりとのんびりした学校に入れました。学校を選ぶときにはOfsted (Office for Standards in Education) のレポートで評価を確認するのがおすすめです。

滞在中に国語の勉強が心配な場合には毎週土曜日にロンドンの補習授業校に連れて行くという手もあります。うちの子は親に似て勉強が嫌いなので連れて行きませんでしたが,ロンドンに滞在している有名な女性歌手も子どもを補習校に連れて来ていて,そんなことなら息子を説得して連れて行けばよかったと後悔しています。レディングには公文式があったので,息子は算数だけ通わせました。スタッフには日本人もいましたが,インド系が多く,教材は日本と同じものですが,英語です。

学校に子どもを入れるのはたいへんです。何がたいへんかというと,申請をして1ヶ月経っても全く役所から連絡がないのです。学校に入れるまで相当かかりました。下見に行った小学校の校長先生にその件を訪ねると「私なら毎日役所に電話をして催促する」とアドバイスをもらいました。役所の仕事はとてもゆっくりしています。

下の子の保育園もたいへんです。長男の小学校と同じ敷地にある保育園は週に3日しか見てくれないので,他の日は追加の費用を払って別の保育園に連れて行きました。保育園も小学校も必ずお迎えが必要ですが,帰る時間が異なるので,一日中送迎しているような気分になります。そのため,小学校の近所は毎朝送迎の車で大渋滞です。この小学校までは自宅よりさらに郊外にあり,車で20分ほどかかる位置にありましたので,自動車の入手も必要でした。自動車保険の支払いで日本のクレジットカードが使えず (しかも銀行口座の開設が間に合わず),中古車屋のクレジットカードで立て替えてもらいました。あちこちで日本のクレジットカードが使えないケースがあるので,銀行口座は早めに開設しないといろいろ面倒です。

銀行口座の開設には住所が必要で,その住所を証明する書類を添付する必要があります。公共料金の請求書でよいのですが,どの書類も適当なので,「Nakanishi」の綴りのどこかが必ず間違えており,おかげで開設が随分遅れました。唯一綴りが間違えていなかったのは,進入禁止のバスレーンを走ってしまった時の罰金の請求書だけでした。バスレーン進入は4度ほどやりましたが,全てカメラに取られてしっかり反則金を取られました。このように英国にも例外的に仕事熱心な部署があります。

研究の話は全く書きませんでしたが,とにかく私は外国が嫌いで図書館にこもって原稿を書くくらいしかしていないし,多分他の方が書いてくれると思うので,このくらいでお許しください。

(なかにし だいすけ・広島修道大学)