「あいつらなんて」と俺様ぶらないための処方箋



石井国雄・沼崎誠 (2015).
男女カテゴリの顕現性が自己価値への脅威下におけるジェンダーに関する自動的偏見に及ぼす効果
社会心理学研究 第31巻第1号
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どうすれば偏見は低減させられる?

確たる根拠がないのに他者に対して否定的な評価をしてしまう行為,つまり「偏見」から免れることは難しい。偏見が生じやすい状況について,社会心理学者はたくさんの研究を積み重ねてきた。これまでの研究でわかってきたのは,ある状況に陥ると,偏見はほぼ自動的に(つまり「無意識」のうちに)生じてしまうことすらある,ということである。


つまり,偏見を理性の力で止めるのは難しい。しかし,偏見が生じやすい「状況」を知ることができれば,それをなるべく作り出さないようにする努力ができるはずだ。まさにこれは人間の行動に状況が及ぼす影響を解明する,社会心理学の仕事であろう。どうすれば偏見を低減させることができるのかを知りたい。石井氏の研究も,その系譜に連なるものである。


石井氏が注目した「偏見が生じやすい状況」は,自己価値が脅威にされられる場面である。例えば,性格検査を受けて「あなたの性格は歪んでいる。将来の成功はおぼつかない」という結果が示されたらどう思うだろう。俺は…俺はダメな人間なのか?そんな気持ちになるのが,自己価値が脅威にさらされた場面である。


こうした場面で人間はよく「いや,自分はそう悪くない人間のはずだ」と思わんがために,他者を,特に自分とは異なる特徴を持つ人々(例えば男性であれば女性,など)を「あいつらなんて」と見下げることによって相対的に自分を高めようとする。そこに特に理屈がなくても,だ。これが偏見である。


ではこの偏見を押しとどめるためには何が有効か。石井氏が提案するのは,「自分と他者の特徴の違いをなるべく際立たせないようにする」という処方箋である。そうすれば「見下げることできそうな他者探し」ができにくくなり,必然的に偏見が生じにくくなるのではないか。


偏見を「測定する」ことの困難さ

石井氏はこの問題について実験によって明らかにしようと試みたのだが,実は偏見を測定することはとても難しい。なぜなら我々は,人に偏見を持ってしまいはするけれども,そのこと自体が「社会的には望ましくない」ことも同時に知っているからだ。「あなたは偏見を持っていますよね?」と問われたら,たとえ持っていたとしても「いいえ」と答える人がほとんどだろう。つまりあからさまに問うても測定できない。となれば「潜在的な気持ち」を測定することになる。実験参加者に,偏見を測定しているとは悟らせないようにするわけだ。石井氏は「評価プライミング課題」を用いてこれに取り組んでいる。この手法の詳細については論文に詳しいので是非お読みいただきたい。


男子大学生44名が参加した実験の主要な結果をご覧いただこう。



この棒グラフには,参加者たち(すべて男性)の「女性に対するポジティブな評価」が実験の最初と最後でどのように変化したかが示されている。それぞれ,黒い棒は自己価値が脅威にさらされる状況に置かれた人,白い棒は特にその脅威にさらされなかった人の場合の変化量をあらわしている。そして,左2つの棒が「男女の違いを際立たせる」操作を受けた人,右2つが「年齢の違いを際立たせる」操作を受けた(つまり「男女の違いを際立たせる」操作を受けなかった」)人の結果である。評価が「よりポジティブでない方向」に変化していれば,マイナスの数値となる。


グラフから一目瞭然のとおり,左の黒い棒,つまり自己価値が脅威にさらされ,なおかつ男女の違いを意識するよう方向づけられた人は,女性に対する評価を下げている。つまり偏見を抱くようになっている。しかし,同じ脅威下にあっても,右の黒い棒,つまり男女の違いを意識させられず,年齢の違いに注意が向けられた人では,女性に対する偏見が生じていなかった。白い棒はほぼ無変化である。


つまり,石井氏の仮説「自己評価が脅威にさらされても,自分と他者の特徴の違いに注目しなければ,偏見は生じにくくなる」が,データによって裏付けられたというわけだ。


「自分はそう悪くない人間だ」と思うこと,つまり自尊心を維持しようとするのは人間の本来的な動機であり,それ自体は大切である。しかしそのために他者を見下げるのは正当ではない。誰もがわかっているが,実際にはついやってしまうこの行為,石井氏の研究結果をふまえれば,そうした際にはいたずらに人と自分を比較することを意識して避けた方がよいのかもしれない。社会のため,そして,我が身のために,


(Written by 三浦麻子)


第一著者・石井国雄氏へのメール・インタビュー

1)この研究に関して、もっとも注目してほしいポイントは?
自己価値脅威下において自動的偏見が強まることは頑健に示されていたため,本研究ではそれを弱めるための方略を見いだすことを目的としました。その方法として,カテゴリ交差によってカテゴリの顕現性を弱め,自動的偏見の活性化自体を弱めるという方法を使いました。

非常に抽象的で,微妙に見える操作ですが,こうした間接的な方法でも自動的偏見が弱まるということを見ていただければと思います。

2)研究遂行にあたって、工夫された点は?
3)研究遂行にあたって、苦労なさった点は?
偏見が非意識的に生じることを実証するため,操作方法,従属測定の両方において,いかに実験参加者においてカテゴリの顕現性を最小化できるかということに注意しました。

とくに,従属測定で用いた閾下プライミング課題は,今では日本語においても比較的多く使われるようになりましたが,実験実施当時はノウハウがそれほどなく,安定した結果を出すということに苦労しました。

4)この研究テーマを選ばれたきっかけは?
カテゴリの顕現性を低減させることで偏見を弱めることは,多くの研究で実証されてきましたが,自己価値脅威下における動機づけられた偏見を低減することは検討されていませんでした。

先行研究では自己価値脅威下における偏見の低減方略として,自己肯定化のような動機づけに働きかける方略が使われてきましたが,そうした方法に依らない方略を見出すことから本研究を着想しました。

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