「いや,遠慮しときます…」 人が助けを求めない理由



橋本剛 (2015).
貢献感と援助要請の関連に及ぼす互恵性規範の増幅効果
社会心理学研究 第31巻第1号
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「心の理論」のアナザーサイド

人間が人間たる所以としてよく語られる理論に「心の理論」がある。これは,他者の心理を推測する能力のことで,人間社会では(動物社会と異なり)、助け合ったり,協力したり,自分にメリットがなくても人のために何かしたり,といった行動を自発的にする事例が多く観察されることの説明理論としてよく引き合いに出されてきた。


しかし,考えてみれば,この「心の理論」は援助や協力を「申し出る」際にのみ発揮されるとは限らないのではないか。この論文の著者・橋本氏はそこに注目した。つまり「他者の気持ちを思う能力が発揮されるからこそ,人に助けを求めない/申し出られても断る」こともあるのではないか,ということだ。


こうした「遠慮」が,職場の身近な対人関係においてどのように,また,なぜ生じるのかをオンライン調査結果にもとづいて分析・検討したのがこの論文である。


「自分は人の役に立っているという認識」と「人は互いに助け合うべきという思い」

「誰かに助けてもらいたいときでも,なぜ人は遠慮してしまうことがあるのか」を解明するために橋本氏がとりあげたのが,タイトルにある「貢献感」と「互恵性規範」である。


「貢献感」とは「自分という存在は,身近な人たちの役に立つことができている」という感覚のことである。職場であれば,よりよい環境を保つために自分はしっかり役割を果たせている,つまり,職場にとって役に立つ存在である,という自覚であろう。自らの職場での貢献感を高く評価している人は,自分だって同僚から「お返し」をもらってもいいよね,と考えるから,あまり遠慮はしないはずだ。


「人の役に立てばお返しをもらえる」という関係が成り立っていることを心理学では「互恵性」という。そして、この互恵性が「保たれているべきだ」と考える程度のことを「互恵性規範」という。互恵性規範が強い人というのは,「人から助けてもらったら必ずお返しをしないといけない」と思っている人であり,「人から助けてもらっても別にお返しに躍起になる必要はないんじゃない?」と思っている人は互恵性規範が弱い人である。


橋本氏が考えたのは,互恵性規範の強さが「貢献感」と「援助の遠慮」の関係に影響しているということだった。つまり,「人から助けてもらったら必ずお返しをしないといけない」と思っている人は,自分が職場にとって役に立つ存在であるという自覚がなければ(つまり,貢献感が低ければ),「お返し」をできる自信がないので遠慮してしまうが,自分が職場にとって役に立つ存在であるという自覚があれば遠慮などしないだろう。逆に,「お返し」の必要性をそれほど感じていなければ(つまり,互恵性規範が弱ければ),貢献感が低くても遠慮はしないのではないか?と。


「自分は人の役に立ててない」×「人は互いに助け合うべき」=「いや,遠慮しときます…」

オンライン調査に回答したのは,全国の20歳以上の有職者500名で,幅広い年代・職種の方々からの回答が得られている。調査項目には例えば以下のようなものがあった。


「貢献感」
私は職場のみんなにとって,いて欲しい存在だと思う
私がいる方が,職場のみんなの話がうまくまとまると思う


「互恵性規範」
「たとえ負担がかかっても,助けてもらったらお返しするべきである」という雰囲気の有無
「職場での助け合いでは,細かい貸し借りを気にしなくてもよい」という雰囲気の有無


「援助要請意図」
職場で生じやすい典型的な悩み(「職場の人間関係」「多すぎる仕事量」「役割が不明瞭」など)を職場の人に相談しようと思う程度



さて,著者の予測をデータは支持しただろうか。Figure 1の線グラフを見てみよう。縦軸の「職場援助要請意図」の数値が大きい方が,「遠慮」していないことを指している。


まず,貢献感の低い場合と高い場合を比べると,4つの線いずれもが「貢献度の高い方が遠慮しない」傾向を示している。つまり,全体的な傾向として,自分は人の役に立っているという認識をもっていると,他者に助けを求める際にためらいにくい,ということがわかる。


次に,4つの線の傾きに注目してほしい。「必要高不要低」(灰色実線)だけが他とは傾きが異なり,貢献感が低い場合と高い場合の違いが顕著であることがわかる。この群は「お返しが「必要だと思う」傾向と「不要だと思わない」傾向のどちらもが強い」,つまり互恵性規範をとても強く持つ人々である。彼らは,自分が職場にとって役に立つ存在であるという自覚がなければ(貢献感が低ければ)遠慮し,自分が職場にとって役に立つ存在であるという自覚があれば(貢献感が高ければ)遠慮などしない,という落差が他の群よりも激しいのだ。


つまり,データは著者の予測を支持した。


橋本氏は,こうした傾向には文化差がある可能性に言及している。日本人を含む東アジア人はヨーロッパ系アメリカ人と比べると遠慮しやすいという。互恵性規範が強い日本社会では,自分がそれに貢献できていない状況では助けを求めにくい。職場では互いの悩みをうまく共有・解決できなければ全員が困ることもある。


いつも「何で先に言わないんだ!」と部下を叱りつけている上司は,それぞれがそれぞれなりの存在感を抱けるような職場環境作りを一考してみるべきではないだろうか。


(Written by 三浦麻子)


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