「成人形成期」と親子関係
子どもが「一人前」になる最後の段階において,親子関係はどのように捉えることができるだろうか。発達段階において,高学歴化や晩婚化が進む先進諸国で,成人期の一部と従来見なされてきた18~25歳の時期は,乳幼児期・児童期・青年期に続き「成人形成期」と位置づけられる(Arnett, 2000)という。かつてエリクソンの著作(Erikson, 1968)によって知られるようになった,心理社会的モラトリアムを理論的根拠として,成人形成期は青年期とも成人期とも異なると提唱されている。この時期の子どもと父親との関係はいかなるものだろうか,それが著者らの関心事である。成人形成期の子どもは父親をどう捉えているのだろうか。そして,その捉え方によって父親に対する態度は変わるのか,はたまた変わらないのか。そうした心理的要因の因果関係が調査研究によって検討された。
大学生の親に対する態度の調査
調査の対象者は私立大学生501名(男性331名,女性166名)であった。親子関係は,親と子の性別の組み合わせによっても様相が変わってくるので,この研究では対象者の性別も重要な要因となる。父子関係の特徴をつかむために,比較対象として母子関係もあわせて調査された。ここで検討されたのは,子どもの親に対して肯定的な態度をもっているかどうか(親に対する態度),親が子どもの立場から考えるかどうか(親からの被視点取得),親が子どもを叱ったり注意したりすることを責めるかどうか(親からの否定的行動に関する非難),という3つの心理変数である。
親への態度は,息子より娘の方が,また父親よりも母親に対する方が肯定的であり,特に娘が母親に対して肯定的な態度を抱いていることがわかった。親からの被視点取得も態度と同じような関係が示され,母親が娘の立場から考える程度が他の親子関係よりも高かった。否定的行動に関する非難については,娘より息子の方が親を非難することも示された。
因果関係を分析する
心理変数同士の因果関係を1回の調査で捉えるのは難しい。本研究では,同じ内容の調査を2ヶ月後に行うという手続きがとられた。1回目の調査で調べられた3つの要因を原因となる変数,2回目で調べられた同じく3つの要因を結果となる変数と仮定し,3つの要因それぞれの間に関連があるかどうかを検討する。これにより,親に対する態度,親からの被視点取得,否定的行動に関する非難の3つの変数の間で何が原因で何が結果となるのかの分析が可能となる。
その結果,次のようなことが明らかとなった。第1に,息子も娘も,父親への態度が肯定的であれば(原因),父親は子どもの立場から考える(結果)と捉えていた。この因果関係を母子間で見てみると,息子の場合にのみあてはまった。また,父親が子どもの立場で考えるかどうかによって(原因),父親への態度が決まる(結果)という逆の関係は,息子の場合に限り示された。第2に,父親に対する態度が肯定的であれば(原因),父親が自分を注意したり叱ったりする行動を非難しない(結果)という関係が息子でも娘でも見られた。一方,母親に関しては,自分を注意したり叱ったりする行動を非難しないことで(原因),母親への態度が肯定的になること(結果)が息子の場合のみ示された。
結果の解釈と調査の効果
因果関係の特定がこの研究の主な目的であり,息子と父親との関係においては肯定的態度と被視点取得の間に双方向の因果関係があることがわかった。親子の組み合わせ別の結果では,息子の父親に対する態度が最も肯定的ではなかったが,子どもが,父親は自分の立場から考えてくれると思えば父親に肯定的態度をもつし,父親に対する態度が肯定的であれば,子どもの立場で考えてくれていると思うようになるといったように,循環的に父親に対する態度が好転する可能性があるという。しかし,その他の親子関係では「親が自分の立場から理解してくれている」という思いが原因となって肯定的な態度が生じる関係は見られなかった。以上のような結果は,男性より女性に情緒的役割が求められるという先行研究(Franzoi et al. 1985)との関連で考察されている。
最後に最も興味深い点は,父親が子どもの立場から考える(被視点取得)程度は,1回目よりも2回目の調査で高い傾向が見られたことである。親子関係が安定的であれば,1回目と2回目で結果は変化しないと想定されるが,被視点取得だけに変化が見られたのである。回答者たちは,1回目の調査を経て,親の視点がどのようなものか改めて意識したのかもしれない。調査として親子の関係を尋ねることが,その関係を考えるきっかけとなったとすれば,それも見逃せない調査の副産物といえるのではないだろうか。
(Written by 杉浦淳吉)
第一著者・大高瑞郁氏へのメール・インタビュー