省エネルギー行動を持続させるには
省エネルギーが社会的に求められている。この論文は家庭での省エネルギー行動において,2種類の動機づけの役割について検討している。一つは報酬や罰で行動が生起する外発的動機づけであり,もう一つは行動それ自体に興味や面白さを見出して行動が持続する内発的動機づけである。省エネルギー行動をはじめ,環境配慮行動研究で重要となってくるのは実際の「行動」である。省エネ行動を生じさせ,それを長続きさせることを目的とする際に,外発的動機づけには行動が生じるきっかけとしての役割があり,内発的動機づけは報酬などがなくても行動が長続きさせる役割がある。
この論文を特徴づけている点は大きく3つある。第1に,内発的動機づけの効果の検討である。省エネ行動の促進は経済学や工学など学際的に検討されているが,自らの行動を評価しながら長期的な行動につなげていくアプローチに社会心理学の意義が見いだせる。外的な報酬を与え続けることは多くの場合難しく,それが取り除かれた時にどう行動を持続させるかが実際問題として重要なのである。第2に,長期にわたるエネルギー使用量という行動の痕跡としてのデータと質問紙によって自己申告された行動や心理変数とを突き合わせ,丁寧に分析しているところである。第3に,北海道の旭川という厳しい冬の寒さがある地理的状況で、冬の暖房を極端に控えるのではなく、無理せず楽しく省エネすることを目的に実際のプロジェクトと連携して社会実験を行っているところである。
旭川発おうちのEne-Ecoプロジェクト
「旭川発おうちのEne-Ecoプロジェクト」は家庭での省エネ行動促進を目的として,北海道環境財団,旭川NPOサポートセンター,旭川市が主体となり,北海道大学と株式会社JCBとの協働により, 2011年12月から2012年11月までの1年間行われたものである。公募により69世帯がプロジェクトに参加した。参加世帯は,電気,ガス,灯油の利用実績明細を毎月提出すること,また開始時のエネルギー消費・CO2排出状況を認識するための環境省の制度「うちエコ診断」(診断員がエネルギー使用状況を把握し,各家庭に省エネの提言・助言を行う)を受診することが求められた。利用実績がすなわち実際の行動データとなる。
このプロジェクトでは,家庭でのエネルギー消費を抑制するための介入として,「ポイント減少制度」が用いられた。ポイントを貯めていくのではなく,プロジェクトの開始時に世帯人数に応じたポイントが与えられ,月々のエネルギー使用量に応じてポイントが減ってしまうというものある。したがって、プロジェクト参加世帯は与えられたポイントがなくならないように日々省エネをしなければならなかった。さらにプロジェクト終了時に残ったポイントに応じて商品などと交換できる。最終的なこの報酬が本研究における外発的動機づけにあたる部分である。実はこの部分にも心理学の仕掛けがある。私たちは金額それ自体が同じであっても,得する(ポイント加算)ことができなかった場合よりも損をする(ポイント減算)場合の方が心理的な痛みは大きい(これは「プロスペクト理論」(Kahneman & Tversky, 1979)で説明される)。
エネルギー使用量という行動の痕跡に対して,自己申告の行動や心理変数を測定するために質問紙が用いられた。1年間のプロジェクトの開始時,半年後,終了後においてエネルギー問題の深刻さの認知,外発的・内発的動機づけ,行動意図,省エネ行動,ポイント制度について尋ねられた。質問紙による自己申告は観察が不可能な多面的な心理・行動変数を測定できるメリットがある反面,社会的に望ましいほうに過大に回答するなど偏りがみられるという問題もある。この研究では,エネルギーの使用量と自己申告の省エネ行動との関係も検討されている。
行動を決める要因は何か?
エネルギー使用量を分析すると,CO2の排出量は世帯人数が多いほど一人あたりのCO2排出量は少なく,戸建ての方が集合住宅よりもCO2排出量が多かった。また,世帯人数や居住形態に関係なく,電気のみの世帯が最もCO2を排出していた。質問紙による自己申告に目を向けると,介入前,半年後,1年後の3つの時点での外発的動機づけと内発的動機づけの平均値そのものには変化が見られなかった。一方,行動意図との関係を3つの時点それぞれでみてみると,内発的動機づけは行動意図との関連がみられたが,外発的動機づけは影響が見られなかった。また,内発的動機づけと行動意図は3つの時点それぞれで自己申告された行動に正の影響を与えていたが,外発的動機づけについては半年後の時点でのみ省エネ行動とのネガティブな影響がみられた。半年後では経済的な利益を気にする人ほど省エネ行動を行っていないが,1年後では経済的影響がなくなり,行動の面白さといった内発的動機づけの効果が強くなっていたのである。
次に,1回目から3回目までの異なる測定時点での影響過程が交差パネル分析という方法で検討された。その結果,介入前にエネルギー問題が深刻であり,省エネ行動の意図が高かった人ほど,半年後の内発的動機づけが高まっていた。また,半年後に外発的動機づけが高かった人ほど,1年後の内発的動機づけが高かった。さらに,半年後に内発的動機づけと行動意図が高かった人ほど1年後の省エネ行動が高まっていた。
最後に,質問紙による行動と実際のエネルギー使用量との関連については,自己申告で省エネ行動を行っていると回答した人ほど,実際のエネルギー使用量も少ないという関係が示された。また,内発的動機づけは1年分のエネルギー使用量に影響を及ぼしていた。
内発的動機づけの効果と研究の意義
このプロジェクトではポイント制度が外発的動機づけを高める機能があったと考えられるが,行動への影響は見られなかった。一方で,内発的動機づけは長期間にわたる持続的な省エネ行動と正の関係があることが,エネルギー使用量というデータと質問紙によって得られたデータの関係から示された。また,外発的動機づけは内発的動機づけに影響する可能性も示された。 実社会でのプロジェクトであるが故に研究上多くの制約があることは想像に難くない。そのような中で,外発的動機づけによって短期的に変化した行動が内発的動機づけの高まりとともに行動を持続させたということがデータで示されたことは非常に意義深いことだといえるだろう。
(Written by 杉浦淳吉)
第一著者・森康浩氏へのメール・インタビュー