私は事件の真相を知りたい



白岩祐子・小林麻衣子・唐沢かおり (2016).
「知ること」に対する遺族の要望と充足:被害者参加制度は機能しているか
社会心理学研究 第32巻第1号

Written by 菊地史倫(鉄道総合技術研究所)
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事件や事故に家族が巻きこまれたときの遺族の要望

事件や事故は突然やってくる。


家族の帰りがいつもより遅い。あなたはおかしいなと思いながらも家事に追われて、つい時間を忘れてしまう。
さらに時間が経ち、いよいよおかしいと感じはじめ携帯電話に連絡をとるが、相手は出ない。
会社に電話をかけるとだいぶ前に退社したことを告げられる。
急に大きな不安に駆られ、どうすればよいか逡巡していると見知らぬ番号から電話がかかってくる。


「○○さんの携帯電話ですか?○○警察署の○○と申します。」


嫌な予感は現実のものとなり、あなたは急いで指定された場所へ向かうことになる。
これから始まる苦難の道を、あなたはまだ知らない。


白岩らが着目しているのは、2つの新しい司法制度である「意見陳述制度」と「被害者参加制度」が上記のような事件や事故に巻きこまれた遺族の要望に応えているかである。
それでは、遺族の要望とは何か。
同じような状況におかれたとき、あなたはきっとこのように考えるだろう。


「被害者はどのような目にあわされたのか、苦しんだのか、最後はどんな様子だったのか、なぜ被害者でなければならなかったのか、加害者はどんな人間で、なぜそんなことをしたのか、今何を考えているのか」


遺族の要望とは「被害者のこと」と「加害者のこと」から構成される「事件の真相を知りたい」といった切なる願いのことである。


これまで、事件や事故に巻きこまれた遺族が刑事司法に対して第一に求めてきたのは「知る権利」の保障であった。
新しい司法制度が実施される前の遺族は単なる「傍聴人」と位置づけられ、刑事裁判に主体的に関与できず、遺族の知る権利はほとんど保障されていなかったのである。


そのような状況の中で2000年に開始された意見陳述制度、2008年に開始された被害者参加制度は、遺族の知る権利の保障にとって大きな転換点となった。


2つの新しい司法制度の詳細な説明は法務省のHP<http://www.moj.go.jp/keiji1/keiji_keiji11-4.html>に任せるが、意見陳述制度は「被害者や遺族が事件に対する心情を裁判で発言することを認める制度」であり、被害者参加制度は「一定の重大事件の被害者や遺族が刑事裁判に参加し、加害者や証人に質問をしたり、事実や法律の適用に関する意見を述べたりすることができる制度」のことである。


これらの制度は被害者や遺族からの意見表明、反論による真相解明や名誉の回復を通じて「刑事司法に対する信頼を高めること」を目的として開始された。制度の開始によりこれまで傍聴人でしかなかった被害者や遺族は事件の当事者の一人として位置づけられ、主体的に裁判に関与できるようになった。


白岩らは、「刑事司法に対する信頼を高めること」を目的として開始された制度が、被害者や遺族が主体的に裁判に関与できるようになったことで、実際には被害者や遺族の「事件の真相を知りたい」といった要望に応えている可能性があることに着目した。


そこで家族が実際に事件や事故に巻きこまれた人を対象に、意見陳述制度や被害者参加制度を利用した遺族が、それらの制度を利用しなかった遺族よりも事件の真相を知れたと感じているかについて調査している(図1、図2)。


得られた結果を簡単にまとめると以下の通りである。


(1) 制度の利用に関わらず、遺族の被害者や加害者について知る期待は高い。
(2) 制度を利用しなかった遺族よりも、被害者参加制度を利用した人は被害者や加害者について知ることができたと考えている。
(3) 遺族の期待は、被害者について知ることの被害者参加制度を利用した場合以外は満たされていない。


したがって、被害者参加制度は、遺族の「被害者についての事件の真相を知りたい」といった要望に「ある程度」応えていることが示された。
また、残念ながら意見陳述制度は「事件の真相を知りたい」といった要望には応えていなかった。
これは意見陳述制度が主に自分の意見を表明することに主眼があり、裁判に関与できる程度が限定的であるためと考えられる。



図1 裁判関与別の被害者について知る期待と実際の評価

図2 裁判関与別の加害者について知る期待と実際の評価

注1)得点が高いほど期待が高く、実際に知ることができたと考えていることを示す。
注2)論文の図を紹介者が再構成した。


遺族の期待が満たされたとき

白岩らは意見陳述制度や被害者参加制度が、遺族の「被害者のこと」と「加害者のこと」から構成される「事件の真相を知りたい」といった要望に応えるだけではなく、その要望に応えることが制度の従来の目的である「刑事司法の信頼を高めること」に影響を与えているだろうと考えた。


これらの関係性を整理する上では、期待不一致モデルに着目している。
期待不一致モデルとは、主に消費者心理学の分野で研究されてきており、消費者の満足が「事前の期待」と「実際に得られた結果」によって決まることを想定したモデルである。
このモデルを遺族の「事件の真相を知りたい」といった期待と、実際に知りえた内容に拡張し、期待の充足が上記に影響を与えていることを予測して調査結果の分析を行っている。


内容が複雑になるため、期待不一致モデルに関するそれぞれの細かい理論的背景や白岩らの予測を省略するが、これらについてはぜひ本文を参照して欲しい。


分析から得られた結果は、遺族の「被害者についての事件の真相を知りたい」といった期待が満たされると、刑事司法の信頼性が高まる、という予測を裏付けるものであった。


事件の真相を知ることが遺族にもたらすもの

白岩らは今後の研究の展望として以下の2点を挙げている。


(1) 遺族が知りえた内容や、知った後の時間軸を踏まえて、事件の真相を知ることが遺族にどのような新しい局面をもたらすのかを検討すること。
(2) 事件の真相を知ることが、その後の司法手続きや社会的活動への関与動機にどのような影響を与えるのかを検討すること。


(1)については、たとえば、知りえた内容が過酷なものであったときに遺族は深く傷つくが、長期的な視点で捉えると「被害者がどんな目にあったのかを知ることができない」ために遺族が自ら生み出してしまう際限のない想像に苦しむ程度が減る可能性がある。


(2)については、たとえば、遺族が知りえた内容が事実に反し、受け入れがたい場合に、遺族は亡くなった被害者に代わって司法手続きに関与したいと考える可能性がある。また、知りえた事件の背景や原因が飲酒運転など社会的構造の問題に由来していたと遺族が考えた場合、同じ原因で起きる事件や事故を減らそうと遺族が社会に働きかけを行おうとすることもあるだろう。


冒頭の例に戻って想像して欲しい。


遺族には確かに辿らなければならない苦難の道が続いている。
しかし、司法が遺族の「事件の真相を知りたい」といった要望に応えることができれば、遺族は着実に前に進んでいける。


白岩らの論文は、これまで司法制度であまり考慮されてこなかった遺族の「事件の真相を知ること」といった要望に応えることの機能を示した点において、非常に社会的意義の高い研究だと思われる。
また、メール・インタビューにもぜひ目を通して欲しい。白岩らの熱い思いが文面からひしひしと伝わってくるだろう。


第1著者・白岩 祐子(しらいわ ゆうこ)氏へのメール・インタビュー

1)この研究に関して、もっとも注目してほしいポイントは?
私たちは、はじまったばかりの刑事司法制度(犯罪被害者が希望すれば、刑事裁判に参加することができる「被害者参加制度」)をとりあげました。おそらくこれが、被害者参加制度を効果測定したはじめての研究だと思います。
この制度は導入前、関係者の賛否を惹起しました。同時期に裁判員制度がはじまることから、「被害者の裁判参加は一般市民の判断に影響する」という予測が反対の主な理由で、この予測は繰り返し実証的に検討されてきました。しかし、被害者参加制度の一義的な目的は、司法に対する被害者の不信を改善することにある以上、これを検証しなければ本当の意味での制度評価はできない・・・本研究はこうした問題認識からはじまりました。「制度が損ないうる価値」に重きをおくこれまでの実証的検討の枠組みから、すっぽり抜け落ちていた「制度が実現しうる価値」の視点を、本研究が補った点に注目していただけたらと思います。

2)研究遂行にあたって、工夫された点は?
被害者参加制度がもつ隠れた効果(「知りたい」という要望の充足)に着目したことです。 重大犯罪の被害者、とくに遺族は、「事件の全容や真相を知りたい」という強いニーズをもっています。故人はどのように亡くなったのか、なぜ被害に遭ったのが自分たちだったのか、加害者はなぜそんなことをしたのか・・・。これらを知りたいと願うのは、帰属理論に照らしても自然なことです。けれども被害者参加制度ができる前の刑事司法は、遺族のこうしたニーズに応えるものではなく、そのため遺族は「事件の真相を知るために損害賠償請求する(民事裁判を起こす)か、諦める」ことを余儀なくされていました。新しくできた被害者参加制度でも、その目的に被害者の知る権利の充足をうたってはいません。この「隠れた重要な要因」に注目し、これこそが司法不信の改善をもたらしているのでは、と予測したことが工夫ポイントです。

3)研究遂行にあたって、苦労なさった点は?
協力してくださる被害者を探すのにまず難儀しました。「研究者の出入り禁止」を掲げる被害者団体は少なくなく、「調査させてください」と言い終わる前に断られるような状況だったからです。そこで、他の被害者団体に影響力をもつ、北海道のある被害者の会の代表が都内に来られると知り、出先に押しかけて調査への協力をお願いすることにしました。私も小林(第二筆者)も必死でした。気がつくと羽田空港1Fのエスカレーター下まで来ており、それまで黙って私たちの話を聴いていた代表が、「喜んで協力します」と言ってくださったことを覚えています。これが奏功しました。ある全国規模の会の理事会では一度断られてから一転、「あそこが協力したのなら」とのトップの一声で承諾をいただきました。
調査がはじまると二次受傷の対処に苦心しました。ご遺族の体験をお話しいただくことは、覚悟して聞く側にも強いダメージと無力感をもたらします。私たちは宿泊先で、必ずどちらかの部屋に寄って一時間ほどデブリーフィングのようなことをしてから休むことにしていました。精神科医の小西(1997)は、トラウマに触れる者が必ず直面する二次受傷、そのもっとも効果的な解決方法は「ひとりでやらないこと」だと言っています。こうした仲間の存在、またそれぞれの指導教員からのエンカレッジメントは、研究をすすめていく上で文字通りなくてはならないものでした。
※小西聖子 (1997). 犯罪被害者の心の傷. 白水社.

4)この研究テーマを選ばれたきっかけは?
被害者問題というとまっさきに「心のケア」の重要性が指摘されます。もちろんそれも大切ですが、事件の全容や被害者の最期の様子など知ることができない状態では、遺族は自分の心のケアどころではない、という側面があることも事実です。往々にして周囲の人は、遺族の「知りたい」ニーズに気づきません。よかれと思って「残酷な事実」を遺族から遠ざけたりもします。しかし、「自分たちに何が起きたのか知らないままでは、事件をうけとめ、いずれ前を向くこともできない」という被害者の声は、帰属理論をもつわれわれ社会心理学徒には十二分に了解可能なものです。知りたいという要望がこんなに大切なものなら、充足されればきっといいことがあるに違いない、そう考えたことがこのテーマにつながりました。

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