うまく生きる術(すべ)とは何だろう?



嘉瀬貴祥・坂内くらら・大石和男 (2016).
日本人成人のライフスキルを構成する行動および思考:計量テキスト分析による探索的検討
社会心理学研究 第32巻第1号

Written by 縄田健悟広報委員会
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日常生活をうまく生きぬくスキル

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」


夏目漱石は小説『草枕』の冒頭でこう嘆いている。100年以上も前の小説ではあるが,現在もなお人の世は生きづらいものだ。そして,漱石がここで嘆いたのは人間関係の話だが,人が生きる中で直面するのは,当然それだけではない。仕事,お金,恋愛,子育て,受験,介護,などなど,一つ一つ挙げてもきりがないほど多い。嗚呼悩ましき哉,人生とは。


そういった日常生活で生じるさまざまな問題や要求に対して,建設的かつ的確に対処できる能力は「ライフスキル」と呼ばれる。この論文は,そうしたライフスキルがどのような要素から構成されているのかを調べた研究である。

WHO(世界保健機関)は,ライフスキルとして,以下の10個のスキルを挙げている。


(1)ストレス対処
(2)情動対処(自分の気持ちをよく理解して,うまくコントロールすること)
(3)自己意識(自分自身がどのような人間かを客観的に理解できること)
(4)共感性
(5)意思決定
(6)問題解決
(7)創造的思考(未体験のこと・これから起こりそうなことを具体的にイメージできること)
(8)批判的思考(色々な情報や経験を冷静に分析すること)
(9)効果的コミュニケーション
(10)対人関係スキル


確かにどれも生きる上で重要そうだ。


では,その中身はどんなものだと人は認識しているのだろう。それを調べたのが,この研究である。


自由記述のテキストマイニング

この研究では,ウェブ調査モニターの成人男女400名を対象に,上記10個のライフスキルそれぞれが,どのようなものかを尋ねて,自由に記述してもらった。


そして,この記述データを対象にテキストマイニングという分析を行った。テキストマイニングとは,近年,研究で急速に発展しているテキストマイニングの手法だ。


自由記述で書かれた文章は,5段階評価のアンケートデータとは異なり,数量化するのが難しいため,従来は統計的な分析はできなかった。しかし,近年の言語学とコンピュータの発展により,文章に含まれる単語を対象に数量化を行い,その単語の頻度や単語間の関係性が統計的に分析できるようになってきた。


この論文でも,成人男女の考えるライフスキルの中身に対して,テキストマイニングを行い,その言葉の関係性を分析した。


その結果,例えば,(1)「ストレス対処」のライフスキルに関しては,「大声-歌う-笑う」といった言葉の関係性が見られ,「感情の表出」が有効だと考えられていることが示された。他にも,「前向きな思考」「他者への相談」「趣味や運動」といったものが有効だと考えられていることが,単語の関係性を分析することで分かった。


10側面全てをここで紹介することはできないので,興味のある方はぜひ本文をお読みいただきたい。


特に,日本人成人の現代的特徴が見られた点を,論文の著者らは指摘している。


(6)問題解決「メディアでの検索」や(8)批判的思考では「情報に対する懐疑的態度」といったものが特徴として抽出されている。まさに,現代のネット時代にこそ求められるライフスキルであり,うそはうそであると見抜ける人でないとネット時代を生き抜いていけないのだろう。


また,(10)対人関係スキル「適切な心理的距離の判断」「適切な心理的距離の維持」も,それぞれ抽出された。これは,SNSやグローバル化,地域コミュニティの変化などによる人間関係の多様化が,親しくなることと距離を置くことのバランスを見極める必要が意識されているためだと著者らは指摘している。


著者らの記述によると,この研究はまだ足がかりに過ぎないようだ。この研究で示唆されたライフスキルの内容を元に,今後は測定尺度の作成やその尺度を用いた調査研究,さらには,ライフスキルをトレーニングし,より良い人生をサポートするプログラムの開発などを見据えているとのことである。著者らの今後の研究に期待したい。


第一著者・嘉瀬 貴祥(かせ たかよし)氏へのメール・インタビュー

1)この研究に関して、もっとも注目してほしいポイントは?
日本人成人のライフスキルに注目した点です。
ライフスキルに関する調査研究は、児童期から思春期までの生徒児童を対象としたものが中心に行われています。
本研究では18~69歳までの成人を対象としているので、教育機関卒業後の社会生活に求められる行動や思考が抽出されています。
このなかには「最悪の展開の想像」や「情報への懐疑的態度」などのシビアな要因も含まれており、現代社会でうまく生活する厳しさが反映されているように思います。

2)研究遂行にあたって、工夫された点は?
自由記述調査の結果の分析に、計量テキスト分析手法の一つである共起ネットワーク分析を用いた点です。
本研究は、日本人成人が日常生活において実際にとっている行動や思考を、探索的かつ網羅的に把握するという姿勢で実施しました。
共起ネットワーク分析はこのような本研究の目的やデータの特徴に合致した手法であり、多岐に渡る内容を簡潔に記述することができたように思います。

3)研究遂行にあたって、苦労なさった点は?
上記とも関連しますが、10個の質問に対する自由記述の回答という非常に多岐に渡る内容について、より容易に理解が進むように記述するという点に砕身しました。
もともと膨大な文量のあった本研究ですが、あれも伝えたい、これも取り上げたいという欲求を抑え、紙幅と相談しながら必要な内容を整理していくという作業を幾度も行いました。
この点に関しましては、本研究を審査して頂いた先生方のご指摘を受け、大きく改善することが叶いました。

4)この研究テーマを選ばれたきっかけは?
考察でも少し触れていますように、青年や成人のライフスキルを測定する尺度の作成の基礎となる研究として、本研究を計画、実施しました。
つまり、質問紙における質問項目を、先行研究からではなく尺度の対象者から直接収集しようという試みです。
実際に本研究の結果を受け、青年・成人用のライフスキル測定尺度を作成、発表することが叶いました。

5)その他、プレスリリースに掲載を希望する内容がございましたら、ご自由にお書きください。
論文内では通読性を高めるため、共起ネットワーク分析の手順や結果の詳細(同義語や複合語の整理の方法、各エッジのJaccard係数など)を省いております。
詳細な内容にご興味がある方は、第一著者までご連絡頂ければ幸いです。

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『社会心理学研究』は,日本社会心理学会が刊行する学術雑誌です。
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■文責 日本社会心理学会・広報委員会