日常生活をうまく生きぬくスキル
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」
夏目漱石は小説『草枕』の冒頭でこう嘆いている。100年以上も前の小説ではあるが,現在もなお人の世は生きづらいものだ。そして,漱石がここで嘆いたのは人間関係の話だが,人が生きる中で直面するのは,当然それだけではない。仕事,お金,恋愛,子育て,受験,介護,などなど,一つ一つ挙げてもきりがないほど多い。嗚呼悩ましき哉,人生とは。
そういった日常生活で生じるさまざまな問題や要求に対して,建設的かつ的確に対処できる能力は「ライフスキル」と呼ばれる。この論文は,そうしたライフスキルがどのような要素から構成されているのかを調べた研究である。
WHO(世界保健機関)は,ライフスキルとして,以下の10個のスキルを挙げている。
(1)ストレス対処
(2)情動対処(自分の気持ちをよく理解して,うまくコントロールすること)
(3)自己意識(自分自身がどのような人間かを客観的に理解できること)
(4)共感性
(5)意思決定
(6)問題解決
(7)創造的思考(未体験のこと・これから起こりそうなことを具体的にイメージできること)
(8)批判的思考(色々な情報や経験を冷静に分析すること)
(9)効果的コミュニケーション
(10)対人関係スキル
確かにどれも生きる上で重要そうだ。
では,その中身はどんなものだと人は認識しているのだろう。それを調べたのが,この研究である。
自由記述のテキストマイニング
この研究では,ウェブ調査モニターの成人男女400名を対象に,上記10個のライフスキルそれぞれが,どのようなものかを尋ねて,自由に記述してもらった。
そして,この記述データを対象にテキストマイニングという分析を行った。テキストマイニングとは,近年,研究で急速に発展しているテキストマイニングの手法だ。
自由記述で書かれた文章は,5段階評価のアンケートデータとは異なり,数量化するのが難しいため,従来は統計的な分析はできなかった。しかし,近年の言語学とコンピュータの発展により,文章に含まれる単語を対象に数量化を行い,その単語の頻度や単語間の関係性が統計的に分析できるようになってきた。
この論文でも,成人男女の考えるライフスキルの中身に対して,テキストマイニングを行い,その言葉の関係性を分析した。
その結果,例えば,(1)「ストレス対処」のライフスキルに関しては,「大声-歌う-笑う」といった言葉の関係性が見られ,「感情の表出」が有効だと考えられていることが示された。他にも,「前向きな思考」「他者への相談」「趣味や運動」といったものが有効だと考えられていることが,単語の関係性を分析することで分かった。
10側面全てをここで紹介することはできないので,興味のある方はぜひ本文をお読みいただきたい。
特に,日本人成人の現代的特徴が見られた点を,論文の著者らは指摘している。
(6)問題解決「メディアでの検索」や(8)批判的思考では「情報に対する懐疑的態度」といったものが特徴として抽出されている。まさに,現代のネット時代にこそ求められるライフスキルであり,うそはうそであると見抜ける人でないとネット時代を生き抜いていけないのだろう。
また,(10)対人関係スキル「適切な心理的距離の判断」「適切な心理的距離の維持」も,それぞれ抽出された。これは,SNSやグローバル化,地域コミュニティの変化などによる人間関係の多様化が,親しくなることと距離を置くことのバランスを見極める必要が意識されているためだと著者らは指摘している。
著者らの記述によると,この研究はまだ足がかりに過ぎないようだ。この研究で示唆されたライフスキルの内容を元に,今後は測定尺度の作成やその尺度を用いた調査研究,さらには,ライフスキルをトレーニングし,より良い人生をサポートするプログラムの開発などを見据えているとのことである。著者らの今後の研究に期待したい。
第一著者・嘉瀬 貴祥(かせ たかよし)氏へのメール・インタビュー