「政治」について会話することが持つ機能



横山智哉・稲葉哲郎 (2016).
政治的会話の橋渡し効果:政治的会話が政治参加を促進するメカニズム
社会心理学研究 第32巻第2号

Written by 三浦麻子広報委員会
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政治的会話と民主主義

「消費税の増税,延期されるらしいなあ」
「ちょっと先延ばしするっていうのは意味あるんだろうか」
「どうせならこの際,増税自体やめてほしいよな(笑)」


政治に関心があるかどうかと問われるとさほどでもなく,選挙も行ったり行かなかったり。署名を求められたらすることもあるけれど,自分でそんな活動をしたことはない。そんなあなたも,こんな会話を家族や親しい友達としたことならあるだろう。本研究は,こうした日常場面で交わされる「政治的会話」が政治参加にもたらす影響について,パネル調査(同じ対象者に複数回同じ質問に回答を求める調査)によって検討したものである。


日本は民主主義国家であり,国民の直接選挙によって選出された議員たちが政治を運営している。「会話は民主主義の神髄である」という格言があるほど,伝統的に「一般市民の政治的会話はより良い民主主義を作り出す」ことが想定されてきた。確かに直接民主制においてそれは理想ではあるだろう。では現実はそれに見合っているのか。著者らは,政治心理学においてここ20年ほどこうした研究が盛んになっていると述べた上で,それらの問題点を2つ指摘している。1つは「政治的会話の測定方法」,もう1つは「政治的会話が良い民主主義を作り出すメカニズム」に関する問題である。


まず著者らは,ごく単純に「あなたは日頃,政治について話をしますか」という漠然とした項目で問われていた政治的会話を,なるべく多様な側面から捉えることを試みた。著者らの測定した「政治的会話」は,選挙運動や国会中継などに関する話題に限らない。「国や政府」「経済」「諸外国での出来事」「事件や犯罪」「教育」「居住地域の自治体」に関する話題を会話した頻度データをもとに,以下で述べる調査の回答者たちが「政治的会話」をした程度を算出している。これらの話題が実はすぐれて政治的であることに,私たちはなかなか気づかない。だからこそ「あなたは日頃,政治について話をしますか」という問い方では不十分なのである。


次に,著者らが想定したメカニズムを紹介する。良い民主主義は,主権者たる一般市民の積極的参加によって構築される。彼らは政治的会話が次のような「橋渡し効果」を持つと考えた。多くの人々がどこか遠い世界の話である―心理的距離が遠い―と思っている政治を,政治的会話をすることによって身近に感じることができるようになり,身近に感じることができるようになれば,政治への参加が促される,という流れである。


政治的会話をした程度をより精緻に測定したデータで,著者らが検証した仮説をまとめると,以下の3つになる。


仮説1 政治的会話は政治に対する心理的距離感を縮める
仮説2 政治的会話は政治参加を促進する
仮説3 政治的会話が政治参加を促進する効果は,政治に対する心理的距離感に媒介される


パネル調査

本研究の根幹となるデータは,2012年12月の衆議院選挙の前後(第1波:11月下旬,第2波:翌年1月下旬)に実施されたパネル調査で収集されている。同じ対象者に,あるイベントをはさんで2回調査を行うと,あるイベントが同じ質問に対する回答傾向を変化させるかどうかを検討することができる。調査はオンライン上で実施され,903名の回答が分析対象となった。


政治的会話は,前述の6つの話題について,「普段よく話をする人で20歳以上の人」として想定した人(最大4名)との日常会話で話す程度を,「1。 月に1回以下」から「7。 ほぼ毎日」の7件法で回答させている。政治に対する心理的距離感は「政治とはなるようにしかならないものである」「政治的なことにはできればかかわりたくない」などを4件法で測定している。そして,政治参加は「選挙政治参加」(投票や選挙活動など)と「統治政治参加」(市民運動や住民運動への参加など)の2側面を分けて問い,前者は「選挙や政治に関する集会への出席」など3項目,後者は「献金やカンパ」など6項目を経験したことがあるかどうかで測定している。論文の表1と図1にあるとおり,いずれの政治参加も経験割合はかなり低い。


パネル調査データであることを活かした統計解析の結果からは,次のようなことが明らかになった。


この図(論文の図2)からわかるのは,選挙前に政治的会話をしている人ほど選挙後の政治に対する心理的距離感が近く(心理的距離感は,値が大きいほど「近い」ことをあらわす),また選挙後に統制政治参加をより多く経験していること,そして政治に対する心理的距離感の近さが,選挙前の政治的会話が選挙後の統制政治参加を促進する効果を「橋渡し」していることであった。しかし一方で,選挙政治参加についてはこのような関係は見出されなかった。


日常生活に根ざした政治参加につながる政治的会話

本研究の結果から,一般市民の政治的会話はより良い民主主義を作り出すという理想は,ある程度は現実であり,政治的会話は政治参加を促す機能を持ちうることが明らかになった。また,単純にどんな政治参加でも促進するというのではなく,選挙という一時的で派手な活動への参加ではなく,日常生活に根ざした地味な政治参加に限ってその効果が得られたというのも興味深い知見である。おそらく,こうした政治参加こそ,ただ単に「政治」と漠然と問うことではとらえきれない一方で,実質的には重要な意味を持つ側面ではないだろうか。


政治のみならず社会に対する考え方やそれを反映した行動や常に変化している.ゆえに,パネル調査を用いた研究のメリットは計り知れない。オンライン調査モニタに対象を限定しているとはいえ,協力者を管理しやすいという利点を活かして,例えば国政選挙のたびごとに継続的な調査協力が得られれば,本研究はより豊かな実りをもたらすものとなるだろう。著者らのこれからの成果にも期待したい。


第一著者・横山 智哉(よこやま ともや)氏へのメール・インタビュー

1)この研究に関して、もっとも注目してほしいポイントは?
私たちが日常場面で交わす会話が社会レベルでどのような変容をもたらすのかを明らかにした点です。より具体的には、日常生活において人々が交わすマイクロなコミュニケーションが民主主義システムというマクロレベルに及ぼす効果の検討を通じて、政治的会話が政治的ダイナミクスの源泉たりうることを明らかにした点に注目して欲しいと思います。

2)研究遂行にあたって、工夫された点は?
規範的な政治理論と実証研究を組み合わせ、かつ見落とされがちである政治過程における社会心理学的な現象に着目して分析を行った点です。

3)この研究テーマを選ばれたきっかけは?
私たちは日常生活を過ごす中で様々な人と様々な話題について話しています。そのような日常会話の中に、遠い世界である「政治」を身近に感じる契機が存在し、最終的には民主主義システムに影響を及ぼす可能性を含んでいることを明らかにしたくて、このテーマを選びました。

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『社会心理学研究』は,日本社会心理学会が刊行する学術雑誌です。
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■文責 日本社会心理学会・広報委員会