市長選挙を題材とした「投票行動×GPS×社会心理学」研究



三浦麻子・稲増一憲・中村早希・福沢愛 (2017).
地方選挙における有権者の政治行動に関連する近接性の効果:空間統計を活用した兵庫県赤穂市長選挙の事例研究
社会心理学研究 第32巻第3号

Written by 縄田健悟
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人は距離の「近い」候補者に投票するのか?

この研究は政治行動としての投票行動を対象に,スマホのGPSによる位置情報計測,さらには,著者の知り合いの市長選挙に同行させてもらうという,趣向を凝らした手法で取り組んだ興味深い社会心理学的研究である。


この研究では,立候補者本人や周りの有権者との距離的「近さ」は,選挙で誰に一票を投じるかという投票行動にどう影響するのかを調べている。
立候補者への接触頻度や身近な他者とのコミュニケーションが,投票行動に影響することは,これまでの政治行動研究で指摘されてきたことだ。社会心理学の観点からも,単によく会う・見るだけで,その人・物のことを好きになることが知られており,単純接触効果と呼ばれている。これは選挙での投票場面でも同じだとされ,立候補者との距離的な近接性はその候補者への好ましさを高めることが期待されているという。


立候補者に同行して,スマホで移動経路を計測

さて,距離的な近さが投票行動に影響しそうであることは既に指摘されていることだということは既に述べた。
この研究がユニークな点は,立候補者に同行して,スマホで移動経路を計測するという研究手法の面である。


この研究では,その立候補者の選挙運動に著者の一人が密着同行してデータ収集をさせてもらっている。通常はこういったお願いを研究者がしても断られることがほとんどだろう。しかし,この研究では,赤穂市長選挙の立候補者の一人が第一著者と小学校の同級生であったことが出発点である。著者らは,小学生時代の同級生という機会を最大限に活用し,立候補者からの協力を得て,通常は得難いデータを収集した。


さらに,この立候補者がどこで演説などの選挙活動を行ったかをスマートフォンのGPSを使って自動的に計測・記録を行った。これもスマートフォンが普及し,いつでも誰でも簡単にGPSによる位置情報が収集できるようになったからこそ,可能となった計測法だ。


このように,立候補者の一人の選挙活動に同行し,スマホで位置情報を計測することで,立候補者の選挙活動を行った場所を同定した。そして,この選挙活動の場所を,赤穂市民を対象に配布した質問紙への回答と突き合わせて分析した。これによって,立候補者との空間的な近さが,この立候補者への態度や投票行動とどのように関連しているのかを検討したのである。


分析結果としては,立候補者に対する好感度には,自宅と選挙運動の空間的な近接性は影響しなかった。これは社会心理学の単純接触効果の予測とも異なっている。


しかし,この立候補者への投票有無には自宅と選挙運動の空間的な近接性は影響していた。 すなわち,選挙運動を行った場所の近くに住んでいる人ほど,確かにこの候補者へと投票する傾向があった。


まとめると,立候補者に「近い」ことは,その候補者への好感度には影響しない一方で,投票という行動には影響しているという結果であった。そのメカニズムはまだ十分に解明されてはいないようだが,興味深く,示唆的な結果だろう。


さらに,近隣の有権者の選挙活動への接触頻度も,立候補者にたいする好感度へと影響していた。近隣住民との関わりの中で態度が形成される可能性が示唆される。


ICTと同級生とSNSと。

今ではスマートフォンなどの簡易に位置情報を収集できるツールが誰でも身近に持つようになり,かつては定量化に非常に手間と時間がかかる位置情報が簡単に収集できるようになった。この研究はそういったツールを真っ先に社会行動研究へと取り込んで活用した研究だといえる。スマホやウェアラブル端末などの情報機器を用いた新たなデータ収集のあり方は,今後の社会科学研究を変えていくことだろう。


そして,小学校時代の旧友という“古い”人間関係に基いていながらも,この研究の契機となる再会はフェイスブック上での連絡だったという点も,実はこれまた現代的なことなのかもしれない。


この研究は,かつてより情報技術×政治行動×社会心理学の研究に邁進してきた著者たちだからこそできた研究である。
また,かつての知り合いの出馬の契機を見逃さず,抜かりなくデータを収集するという研究者魂が垣間見えるもののも面白いところだ。 。


その他,下記メール・インタビューでも苦労話などなど興味深い感想・裏話・苦労話を書いていただいているので,ぜひぜひご覧いただきたい。


著者へのメール・インタビュー

1)この研究に関して,もっとも注目してほしいポイントは?
有権者を対象とする社会調査に,回答者の居住地と候補者の選挙運動にもとづく空間・移動情報データを融合させた分析を行ったことです.
投票行動に関わる諸要因をマルチレベルで検討する,という視座自体は新しくもなんともなく,50年前に,三宅一郎先生,木下冨雄先生,間場寿一先生による「異なるレベルにおける投票行動の研究」という大著があるのですが,少しはオリジナリティを出せたかな,と思います.

2)研究遂行にあたって、工夫された点は?
赤穂市だからこそできる,候補者の協力を得ているからこそできる事例研究という側面を大切にしつつ,より一般的な選挙研究に対する貢献や,方法論的な新しさを同時に伝えられるように工夫しました。 (稲増)

GIS(地理情報システム)を使っての,社会調査回答者の居住地と選挙運動との距離の算出です。
一からのシステムの習得だったため何度も失敗を繰り返し,色々な方のお手を煩わせながら,やっと算出しました。
(福沢)

3)研究遂行にあたって、苦労なさった点は?
候補者に1週間密着して選挙運動データを収集しました。苦労したのは,冬の選挙活動の厳しさです。
特に,冬の雨に打たれながらの街頭での挨拶活動と,雪・雨が降っている時でも街宣車の窓から外に手を振り続けた時は,手足の感覚がなくなるほど寒くて凍えました。
(中村)

GIS(地理情報システム)を使っての,社会調査回答者の居住地と選挙運動との距離の算出です。
一からのシステムの習得だったため何度も失敗を繰り返し,色々な方のお手を煩わせながら,やっと算出しました。
(福沢)

4)この研究テーマを選ばれたきっかけは?
ここ数年,投票行動の研究をしていたのですが,生々しい話なのにデータはWeb調査ばかりでとっていたので,もっと現場に密着したデータが取りたいと思っていました.また,稲増さんから選挙人名簿からのサンプリングにもとづく社会調査の研究について詳しく話を伺う機会がたびたびあり,一度は自分でやってみたいと思っていました.さらには,ライフログデータを使った研究にも関心があり,社会心理学の研究にGPSで捕捉した空間・移動情報データを活用できないかとも思っていました.そんなとき,フェイスブック経由で30年以上ぶりに小学校時代の友人である矢野君に再会する機会があり,市長選挙に出るかもしれない,と言うではありませんか.その瞬間,小学校時代に「初めてつきあった「彼氏」」が,データにしか見えなくなったのでした.矢野君,ごめんなさい,ありがとう.私にとってはどちらもとても大事です.
(三浦)


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