死の運命に立ち向かう
人間は死ぬ。いつか死ぬ。あなたも私も誰しもがそうだ。それは避けられないことだ。
他の誰でもない自分の存在がいつか消える。
それは人間にとって「脅威」となることである。
社会心理学の基礎理論の一つである,存在脅威管理理論によると,人は自らの死の運命に対処しようとして,自分が死んだ後も残り続ける自分の所属集団や文化を守ろうとするとされる。
存在脅威管理理論に基づく複数の実証研究によって,死を意識させることで,例えば,自分の所属する文化的価値観や信念を強く持つようになるといった様々な心理・行動的反応が引き起こされることが指摘されてきた。
死の脅威は単なる「嫌な気分」とは別モノか?
さて,最初に私は,人間にとって死は「脅威」だと書いた。
しかし,「怖い」とは書かなかった。それには理由がある。
存在脅威管理理論では,死の脅威は,死に伴う,存在の絶対的な消滅を認識することこそが脅威だとされる。
つまり,死の脅威とは,例えば死ぬときに痛いだろうなとか,家族が悲しむだろうなといった恐怖や不安とは根本的に別モノの特別な心理状態なのである。
そのため,存在脅威管理理論の前提では,死を意識させたとしても恐怖や不安といったネガティブ気分は喚起されないとされてきた。
これが本論文で検討する重要概念 Affect-free claimである。意訳するなら「感情は非喚起だという前提」といったところだろうか。
しかし,近年の研究によると(Lambert et al., 2014),死を意識すると,恐怖が高まることが示されている。
このことから,この存在脅威管理理論における「死を意識させても感情は非喚起だ」という前提は再考すべきではないかと指摘されてきた。
死は「嫌な気分」を高めていたという検証結果
以上の議論の更なる一般化を求めて,この論文では,死を意識化させることは否定的な気分を喚起するのかを3つの研究から検証した。
研究1では大学生を対象に,研究2では20代と50代を対象に,20の質問項目にどれほど自分が当てはまるのかを回答してもらった。
このとき,質問項目には,3種類あった。
(1)死を意識させる条件:自分の死に関する20項目
(2)死とは関係無いがネガティブ気分を喚起する条件:歯医者の治療への不安に関する20項目
(3)統制条件:ライフスタイルに関する20項目
回答者は上記のいずれかの条件にランダムに割り当てられて回答してもらい,その後の気分状態を測定し,条件間で比較した。
また,研究3では,20代と50代を対象に,自由記述によって,研究1,2と同様の3条件を喚起した後に,気分状態を測定した。
詳細な結果は論文本文をご覧頂きたいが,研究1から研究3で一貫して,死を意識させる条件では,統制条件と比べて,恐怖感情を強めることが示された。
また,研究1では恐怖のみ高まっていたが,研究2,3では不安や悲しみといった他のネガティブ気分も高まっていた。
死を意識させる操作によって,恐怖のみならず,ネガティブ気分全般も高まるようだ。
第一著者・戸谷 彰宏(とや あきひろ)氏へのメール・インタビュー