追うもの、追われるものどちらが利己的か?



佐藤 有紀・五十嵐 祐(2017).
制御焦点と向社会性:囚人のジレンマ課題を用いた検討
社会心理学研究 第33巻第2号

Written by 佐藤俊雄
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人は望む状態に近づき、望まない状態を避けようとする

 人間をはじめとする動物は、望む状態に近づこうとし、望まない状態から遠ざかろうとする。前者は接近動機づけ、後者は回避動機づけと呼ばれている。たとえば、ミツバチが花に集まるのは蜜を吸うための接近動機づけによる行動であり、ネズミがネコのニオイで逃げるのは回避動機づけによる行動である。人間の生活場面は社会環境内において様々な目標が存在するので、動機づけとこれに基づく行動も非常に複雑なものとなっている。
 ある目標に対して接近動機づけにもとづいた戦略を用いる場合(促進焦点)と、回避動機づけにもとづいた戦略を用いる場合(予防焦点)があり、それぞれの特徴について系統的に論じたのがHiggins (1997)の制御焦点理論である。この理論では、人間は環境に合わせて促進焦点と予防焦点のいずれかの戦略を選び、行動するとされている。促進焦点の場合は、なるべく利得を増やすことを目指し、利得を獲得するための行動をできるかぎり実行しようとする。一方、予防焦点の場合は、なるべく損失を出さないことを目指し、損失のリスクのある行動をできるかぎり抑えようとする。例として野球の一打席における戦略になぞらえてみると、打者はヒット(利得)を打つためにはバットを振らなければならないが、ボール球を振ると三振や凡打(損失)などのリスクが高まる。このようなときにヒットを打つチャンスを優先させて、積極的にバットを振っていくのが促進焦点的な戦略だと言える。一方、三振や凡打を防ぐことを優先させて、慎重に見送ろうとするのが予防焦点的な戦略のたとえとなる。


個人の促進焦点喚起時、予防焦点喚起時のどちらで向社会性が強くなるか

 このように、人間は促進焦点と予防焦点を適宜つかいこなしながら生活している。ここで、制御焦点と社会に対する態度との関係に着目したのが筆者らの研究である。筆者らは囚人のジレンマという社会的ジレンマをシミュレーションするゲームを用いて、制御焦点と向社会性の関連を見いだそうとした。向社会性とは、自己の損得とは別に、社会にとっての損得を考えて行動することである。自己の利得に接近する促進焦点方略を採用している場合と、自己の損失を回避する予防焦点方略を採用している場合で、向社会性に差が生まれるのか、差があるならばどちらの方略において向社会性が強くなるのか。
囚人のジレンマというゲームは、社会の最小単位として2人の囚人を想定し、個人と社会の関係を見るゲームである。この社会の成員である囚人A、Bは仲間だが、それぞれ自白すれば減刑の可能性があるという司法取引をもちかけられる。自分の損得だけを考えた場合、仲間を裏切る(自白)方略をとることで損失(刑期)を最小にできる。しかし、仲間の囚人2人を社会と考えた場合、社会にとって得(2人の刑期の合計が短い)なのは、囚人2人がともに協調(黙秘)方略をとる時である。筆者らは研究1で、理想自己に関する記述課題と獲物を獲得する迷路課題によって促進焦点に誘導したグループと、義務自己に関する記述課題と猛獣から逃げる迷路課題によって予防焦点に誘導したグループに囚人のジレンマ課題を行わせた。その結果促進焦点を喚起されたグループよりも、予防焦点を喚起されたグループの方が、利己的にふるまうことが確認された。また、研究2で統制群を加えた時、統制群よりも予防焦点を喚起されたグループの方が、利己的にふるまうことも確認された。しかし、促進焦点を喚起されたグループと統制群の間の差は確認されなかった。


損失フレームにおける逆説的向社会性

 というわけで、筆者らの研究では、予防焦点喚起が向社会性を低下させるという結果が出た。ただし、促進焦点喚起が向社会性を高めることは確認されていない。どうしてこのような結果になったのだろうか。
 まずこの研究では、刑期という損失を分配するフレームのジレンマであったことが重要である。予防焦点は自己の損失に対して敏感となる戦略なので、できるだけ自己の損失を抑えるべく行動した結果が利己的な行動に結び付いたと解される。一方で、促進焦点は自己の利得に対して敏感となる戦略なので損失フレームでは統制群との差が出なかったのかもしれない。利得フレームを設定した場合の、促進焦点と向社会性の関連に関する研究が期待される。
さらに言えば、予防焦点の原型である回避動機づけは、危機がはじまっているか、目前にあるという急迫した状態で発生する動機づけである。このような状況では戦略を選ぶ余裕はない。敵に襲われたら逃げる(か戦うか)しかない。エサを取ってから逃げようなどと考えていたら敵にやられてしまう。このような事態では協力が役に立つケースが少ないのかもしれない。進化の過程で、回避の際に協力した場合は共倒れに繋がるという現実があったのかもしれない。一方、促進焦点の原型である接近動機づけは、まだ余裕がある。むしろ広い視野で獲物を捜すほうが目標を発見できる可能性が高まることもあるだろう。このような状況では、協力して狩りに成功し獲物を分け合うように、社会全体の利得が個人の利得につながることも多いかもしれない。


第一著者・佐藤有紀氏へのメール・インタビュー

1)この研究に関して、もっとも注目してほしいポイントは?
予防焦点というのは、損を避けて損をしないことを追求するマインドセットであり、
周囲から罰されるような行動は控える(=義務や責任を果たそうとする)効果をもつはずですが、
この研究で予防焦点群が一貫非協力という極めて利己的な戦略をとった点は、注目に値すると考えます。 搾取されたくない(損をしたくない)という思いが強すぎて、逆に搾取する側に回っているというのでしょうか。
ひょっとしたら日常生活でも、極めて利己的に見える人間は、
実は利益を追求しているのではなく、「損な役回りを避けているだけ」なのかもしれません。


2)この研究テーマを選ばれたきっかけは?
獲物を追うように利益を追求するマインドと、猛獣から逃げるように損失を回避するマインドが、
人間の「協力」にどのように影響を及ぼすのかに興味がありました。
いまのところ、狩りをするときに協力はできても、逃げるときに協力をするのは難しそうです。
最終的に、この知見を企業における人材マネジメント等に生かせればと思っています。

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