自己イメージはどのような構造になっているかを研究する
社会心理学において「自己」はとても重要な研究対象である。さまざまな観点から自己に関わる研究がなされているが,本研究は,人が持つ自己イメージ(自分の性格,体型,声などについて,こうだと思い描かれるもののこと。専門的には「表象」と呼ぶ)が,頭の中でどのような構造になっているかを検討するものだ。
本研究の著者である福島氏が2006年に発表した研究を踏まえて,石井辰典氏が2009年に新たな研究を発表した。本研究ではそこで得られた結果から生じる,自己イメージの構造に関する疑問を,過去の研究の再分析という形で検討している。先行研究を踏まえて次の研究が進む,まさに研究が「巨人の肩に乗る」ものであることを感じられる論文だ。
自己イメージと他者の存在の関連
自己イメージは他者(という存在)のイメージと関連していると考えられており,その関連のしかたには「重複」と「分化」の2つの側面があるというのが,本研究の前提だ。なお,ここでいう「他者」は,親,親友,恋人や配偶者といった,個人にとって重要な他者のことを指す。
自己と他者の「重複」とは,たとえば長年連れ添った夫婦が,ずっと昔どちらかの身に起きたことを,どちらの身に起きたことだったか区別が曖昧になる(財布をなくして2人で一生懸命探したのに見つからなかったことがあるけど,あの時財布をなくしたのはあなたと私のどっちだったっけ?)など,自分に関するイメージと他者に関するイメージが一部混ざりあったような状態になることを指す。
自己表象の「分化」とは,恋人といる時の自分は「素直」,親といる時の自分は「礼儀正しい」など,誰といるかによって,様々な自己イメージのうち表に出てきやすいものが異なるということで,いわば特定の他者に紐づけられた特定の自己イメージがあるようなものだ。専門用語を紹介しておくと,そうした自己イメージを「関係的自己」「関係性スキーマ」などと呼ぶ。
自己と他者の関連を「反応時間」で測る
本研究に関わる一連の研究では,自己と他者のイメージの関連を,パソコンのプログラムによる課題の反応時間で測定する。
課題は,性格特性をあらわす単語(特性語)がある人物に当てはまるかどうかを答える,というものだ。どんな特性語,どんな人物を提示するかの組み合わせを変えて,複数の課題を行う。
最初に質問が表示され,続いてその質問を判断する特性語が表示される。質問は主に「**に当てはまる?」というものだ。たとえば「父に当てはまる?」という質問に続いて「やさしい」という特性語が表示されたら,父親が「やさしい」かどうかをできるだけ素早く正確に判断し,「はい」か「いいえ」のキーを押して答えなければならない。
キーを押すと,特性語は表示されたままで,質問文が切り替わる。たとえば「父といる自分に当てはまる?」という文が現れ,今度は父といる時の自分が「やさしい」かどうかをできるだけ素早く正確に判断する。
こうした判断を自分と他者についてそれぞれ行うと,自分にも他者にも「当てはまる」特性(たとえば自分も父親も「やさしい」)と,一方には当てはまるが他方には当てはまらない特性(たとえば父親は「まじめ」だが自分は「まじめ」でないなど)とで,反応時間に違いが出る。両者に対する判断が一致する場合には反応時間が短く,不一致である場合には反応時間が長くなる。ざっくりいえば,自己と他者のイメージが強く関連していると,両者で判断が不一致な特性について考えるときに「あれっどっちのことだっけ?」と混同するので,その分判断が遅くなるのだ。
先行研究で何が問題になったのか
本研究(と,その前の石井(2009)の研究)では,それぞれ先行研究で残ったいくつかの問題点を指摘して検討しているのだが,ここではそのうち1つを紹介しよう。
自己表象が,誰といる自分かによって分化しているならば,たとえば「父といる自分」と「親友」は,「親友といる自分」と「親友」のような関連はないので,「父といる自分」と「親友」それぞれへのある特性語の当てはまりが一致しようと不一致であろうと,反応時間には違いが生じないはずだ。じっさい,石井(2009)では,「父といる自分」と「親友」についての判断の組み合わせでは,反応時間の遅れは見られなかった。しかし,「父親」と「親友といる自分」についての判断の組み合わせでは,部分的に反応時間の遅れが見られた。自己表象は分化しているはずではなかったか?
そこで,本研究では福島(2006)のデータを再分析してみた。すると,やはり異なる関係性を対象にした課題間でも,部分的に反応時間の遅れが見られた。
研究1で,先行研究と同じ問題が生じていることを確認した上で,研究2ではこの結果を説明可能にする境界条件を検討した。具体的には,「父親」「母親」が「親」という同じカテゴリに入れられるように,異なる存在だが同質といえる他者と紐づけられた自己イメージの間には,独立性が成立しないらしいことがわかった。
自己イメージという,率直にいえば実体として存在しない,目に見えないものを,どうやって「測れる」ようにするのか。社会的認知研究が発展させてきた巧妙な研究手法のすごさを実感できるのが本研究の1つの特長だ。
正直なところ,慣れない人には読み解くのが難しい論文ではあるが,社会的認知研究を深く知りたい人は,本文にもチャレンジしてみてほしい。
福島治氏へのメール・インタビュー