社会的に認められにくい仕事をしている人が,その仕事に自信を持つために



小森めぐみ(2017).
ホストクラブ従業員に見られる被職業スティグマ意識と対処方略
社会心理学研究 第33巻第3号

Written by 堀 遼太郎
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職業が自分の社会的価値を低めていると,仕事をしている本人が感じるとき

 どうせやる仕事なら誇らしく,自信を持っていたい。久しぶりに会った友人にも,こんな仕事をしているよと胸を張って伝えたい。この仕事のよくない側面を知っている人も中にはいるかもしれないが,それは関係ない。どんな仕事でも,自信をもってその仕事をしている人を私は単純にうらやましく思う。


 しかし,仕事をしている本人が,本人自身の社会的価値が低下していると感じてしまうような職業に就いているとき,その人はどのようにして自信を保つのだろう。どうやって自分が社会的に認められてないことを納得して仕事をしていくのだろう。


 人々の社会的価値を低下させる望ましくない属性のことを「スティグマ」と呼ぶ。このときに,職業に関わるスティグマを職業スティグマと呼ぶ。この職業スティグマを付与された側のもつ,自らの価値が社会的に低められているという意識を被職業スティグマ意識と呼ぶ。


被職業スティグマ意識を感じるのはどんな人たちなのだろう

 例えば,低所得者,非正規雇用者などがいる。これは業務形態が原因であると考えられる。ほかにもキャバクラ嬢やホストなど,業務内容が原因であることもある。そう考えると被職業スティグマ意識を感じる人が日本にも多くいるかもしれない。


被職業スティグマ意識は大きく2つの否定的な内容に分かれる

 1つは「スティグマ自覚」で,自分自身の仕事に対して社会の否定的な価値を意識することである。もう1つが「ステレオタイプ脅威」で,職業スティグマによって自分自身も否定的に扱われるのではないかという恐れを感じることである。
 つまり被職業スティグマ意識は個人的なレベルで感じる否定的な意識か,社会的なレベルで感じる否定的な意識かで異なるのだ。


 こういった被職業スティグマ意識は職業自尊心を低下させることが分かっている。しかし,ホストやキャバクラで働いている人たちは全員が全員,職業自尊心が低いわけではない。どのようにして職業自尊心を高く保っているのだろうか。どんな対処方略が使われやすいのだろうか。


今回はホストに注目してその対処方略の使われ方が調査された

 そもそもホストは被職業スティグマ意識を感じているのかを調べるところから調査が始まった。調査の結果,ホストはステレオタイプ脅威を感じ,スティグマを自覚していることが明らかになった。
 私はこの結果でさえも少し驚いた。私はドラマやドキュメンタリーなどで見るホストの印象しかなく,ホストを仕事としている人たちは,自分の仕事が周りにどう思われていようとも,自分自身がどう思われていようとも気にしないイメージがあった。そうではないことをまず知ることができた。


 さて,対処方略としてはいくつか考えられる。今回の研究では4つ挙げられていた。
①価値づけ:
-これは自分の仕事は世の中のためだと思って頑張れるといったような,自分の仕事に価値を見出す行動である。
②集団同一視:
-これは同じ仕事をしている人が成功するのを見て自分も嬉しくなるというように,相手を自分に重ねる行動である。
③差別への帰属:
-これは自分自身が社会的に認められていないのは,自身の職業が社会的に認められていないというように考えることである。
④脱同一視:
-これは仕事をしている自分とそうでないときの自分を切り離して考える,つまり自己と仕事を切り離して考えることである。


 これらの方略は利用されやすさが異なる。利用されやすい順に,脱同一視,差別への帰属,集団同一視,価値づけの順番であった。これはキャバクラで働いている人たちを対象に行った今までの研究と異なっていた。ホストやキャバクラなど職業による差があるのかもしれない。


 また,これらの方略の利用は,2つの被職業スティグマ意識のうち,どちらと関係しているのか,そしてこれらの方略が職業自尊心に対してどのような影響を与えているのか確認したのが下の図である。


図 被職業スティグマ,対処方略,職業自尊心の関係(論文中Figure1より引用)
図 被職業スティグマ,対処方略,職業自尊心の関係(論文中Figure1より引用)


 ステレオタイプ脅威,つまり個人のレベルで感じる否定的な意識は集団同一視の方略選択を低下させていた。これは調査対象者に,集団同一視が方略として選択しづらいと考えられるホストを初めて間もない新人がいたためではないかと考えられている。上瀬・堀・岡本(2010)では,ステレオタイプ脅威は集団同一視の選択を高めていた。
 また,スティグマ自覚は差別への帰属,脱同一視方略の選択を高めていた。つまり,職業スティグマの意識レベルによって,選択される方略が異なることが分かる。
 次はそれらの方略の職業自尊心への効果である。集団同一視は職業自尊心を高めることが示された。しかし,差別への帰属は職業自尊心を低下させることが示された。このメカニズムは明らかではない。


 本研究の結果,被職業スティグマ意識は職業自尊心を低める効果があったが,集団同一視の方略を選択することによって職業自尊心を高められることが分かった。同じ仕事をしている人の成功を見てそれを自分のことのように喜んでいる人は,自分の仕事により高い自信を持っているということであろう。そう言われれば同じ仕事をしている身近な人の成功体験を聞くことは自分の仕事内容への自信につながるかもしれない。被職業スティグマで悩む人たちのことを深く理解するための視点を提供してくれる大変興味深い研究だった。


【参考文献】
上瀬由美子・堀 洋元・岡本浩一(2010).被職業スティグマ意識と対処法略 社会心理学研究,26(1),25-35.


著者・小森めぐみ氏へのメール・インタビュー

1)この研究に関して、もっとも注目してほしいポイントは?
ドラマや映画で描かれる極端な姿や,事件報道等でとりあげられる特殊さではなく,働く人々としてのホストクラブ従業員の方たちの意識に目を向けて頂ければと思います。

2)研究遂行にあたって、苦労なさった点は?
先行研究を探すのが大変でした。単に「ホスト」で検索をかけるとITの研究(ホストコンピューター)や国際交流の研究(ホスト国,ホストファミリー) が大量に出てきてしまいました。
結局「ホストクラブ」とすると限定できましたが,出てきた論文や専門書はあまりありませんでした。海外の文献を探そうにも「ホスト」を英語で何と言うかがはっきりせず,これまた大変でした。

3)この研究テーマを選ばれたきっかけは?
ゼミの所属学生の卒業研究です。現役従業員の方の「ホストクラブの仕事はものすごく大変。でも周囲はそのことをわかってくれないし,ホストと言うだけで周りから変な目で見られることもある」という言葉から職業スティグマ意識をテーマとする先行研究の存在を思い出し,調査に至りました。

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