マスメディアへの信頼は本当に落ちたのか?



稲増一憲・三浦麻子 (2018).
マスメディアへの信頼の測定におけるワーディングの影響: 大規模社会調査データと Web 調査実験を用いて
社会心理学研究 第34巻第1号 47-57.

Wrriten by 尾崎由佳(東洋大学)
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マスメディアが批判される時代

 マスメディアは長きにわたり、政治的権力を監視し批判するという使命を果たしてきた。ところが近年になって、その立場が逆転するケースが目立ってきている。つまり、マスメディアの側が、政治家などによる監視および批判にさらされるようになった。米大統領が自らに批判的なメディアに対して「フェイク(偽)ニュース」とみなす敵対的な発言を繰り返していることや、また我が国の首相も某新聞の報道内容について「裏付けがない」と非難したことなど、例をあげようと思えば枚挙にいとまがない。
 さらに、若い年代層を中心としてインターネット利用が普及したことに相対して、マスメディア利用が減少している。この論文の著者らも指摘しているように、「自身が接触しているメディアを信頼するというのは自然なこと(p.48)」と考えられるため、接触頻度が減るにつれてマスメディアに対する信頼も低下する恐れがあるという。


マスメディアへの人々の信頼はどうなったのか

 このような現状において、人々がマスメディアに抱く信頼はどのような変化を遂げてきたのだろうか。ここで本論文のStudy1にまとめられたデータの一部を紹介する。以下の表1(論文より抜粋)は、日本で2010年・2011年に行われた2つの社会調査におけるマスメディア信頼のデータを表している。2010年に実施された世界価値観調査第6波(WVS2010)では、新聞・雑誌に対して「信頼する」寄りにつけた回答(「非常に信頼する」と「やや信頼する」の合算)は70.6%である。これに対し2011年に実施されたアジアン・バロメーター3調査(ABS2011)において新聞について「信頼する」寄りの回答(「とても信頼する」と「かなり信頼する」の合算)は63.4%である。これらの数字を示されると、「2010年から2011年にかけて信頼が大きく低下したように見える(p.51)」かもしれない。

注)稲増・三浦(2018)のTable 1より一部抜粋。

注)稲増・三浦(2018)のTable 1より一部抜粋。


“数字”を鵜呑みにしてはいけない

 しかしながら、本論文が指摘するのは、これらの“数字の上の変化”は必ずしも実際の経年変化をそのまま表しているとは限らないという点である。著者らは、各社会調査において用いられた測定項目にさまざまな違いがあることに注目し、それらの違いが回答にもたらす影響を検証した。たとえば、すでにお気づきかもしれないが、Table 1をよく眺めてみるとWVS2010とABS2011では「対象」と「回答選択肢」に違いがみられる。具体的に言うならば、WVS2010では対象として「新聞・雑誌」をあわせて問うているのに対して、ABS2011では「新聞」のみが対象となっている。また、前者は「非常に」「やや」という副詞を用いているが、後者は「とても」「かなり」という異なる表現になっている。この他にも、対象が組織であることを明示した「新聞社/テレビ局」という表現が用いられた場合(例:NHK放送文化研究所による2010年・2012年・2013年・2016年の調査)などもあり、社会調査間で測定項目の一貫性が乏しいことが指摘されている。
 測定のしかたが異なっているならば、それが回答の分布に何らかの影響を与えたとしても不思議ではない。したがって、もし“数字の上の変化”が見られたとしても、それは測定のしかたの違いを反映しているのか、それとも信頼の度合いが実際に変化したのか、弁別できなくなってしまう。つまり“数字”を鵜呑みにすることはできない。


測定項目の違いは回答に影響するか

 では、マスメディアへの信頼の測定のしかたの違いは、調査回答の分布に実際に影響を与えうるのだろうか。本論文では、Study 1において過去に実施された社会調査におけるメディアへの信頼の測定項目を分類・整理し、(1)選択肢に添えられた副詞の違い、(2)新聞と雑誌をまとめるかどうか、(3)対象が組織であることの明示の有無という3要因が影響を与えている可能性が指摘された。さらにStudy 2では、それらの要因の効果がWeb調査による実験を通じて検証された。結果として、これらの測定のしかたの違いに応じて、(それ以外の点はすべての条件において等しくなるようにされていたにもかかわらず)マスメディアに対する信頼の度合いに25%以上の差異が生じうることが示された。


社会調査データを読み解くために

 このように、社会調査間で測定項目の一貫性が乏しいことが原因となり、そこに表れている(ように見える)“数字の変化”が何を表すのかを読み解くことが困難になっている実情が示された。このような問題を指摘し、警告を発している点において、本論文は大変に興味深く、また社会的な意義のある研究報告であると言える。しかし、問題が指摘されたことによって「困ったな…」と頭を抱えているばかりではいられない。著者・稲増氏によれば「回答バイアスを事後的に補正することで、既に取得された社会調査データの価値を高める」ことを目指した研究にすでに取り組んでおられるそうで、その成果がいずれ公開される見込みとのこと。詳しくは以下のメール・インタビューをご覧いただきたい。
 これはまさに朗報である。回答のバイアス(歪み)が補正されることによって、マスメディアへの信頼のこれまで(そしてこれから)の動向がよりクリアに示されることになるだろうし、社会調査から得られた“数字”を読み解くための手がかりとして重要な知見になることが期待される。今後の展開が楽しみでならない。


第一著者・稲増一憲氏へのメール・インタビュー

1)この研究に関して、もっとも注目してほしいポイントは?
 この論文は社会調査の問題を示した論文ではありますが、社会調査を否定するものではなく、社会調査データの価値をより高めたいという思いに基づいて執筆しました。5)で述べる次の論文も含めて、社会調査データの多様な分析の可能性に注目していただければと思います。

2)研究遂行にあたって、工夫された点は?
 二次分析のみによる研究をStudy1としていることです。査読中にも「これは序論ではないか」というコメントをいただき、また、そのコメントには著者の私たちも納得できる面はあるのですが、一次データの取得があまりに大きな割合を占める社会心理学界に対して、「過去に取得された社会調査データを公共財として活かす」という観点を示したいと思い、あえてそのようにしました。

3)研究遂行にあたって、苦労なさった点は?
 マスメディアへの信頼を測定した過去の社会調査データの結果を集めて比較検討を行ったのですが、それぞれ時期、データ取得法、質問項目等が微妙に異なっており、それらの要因が交絡しているため、何が違いを生み出しているのかを絞り込むのにとても苦労をしました。

4)この研究テーマを選ばれたきっかけは?
 マスメディアへの信頼の変化を調べている際に、2010年から2011年にかけて大きく信頼が低下していることに気づきました。これが東日本大震災(に関する原発事故報道)による影響だとすると「大発見か!」と最初は思ったのですが、確認してみると2012年には2010年と同じような水準に戻っています。しかも、それぞれの年次ごとに質問形式(質問項目や選択肢のワーディング)が微妙に異なっている。これは「実際の信頼の変化だけではなく、質問方法の違いによる影響も大きいのではないか」と考えたことが研究のスタートになりました。

5)その他,論文ニュースに掲載を希望する内容がございましたら,ご自由にお書きください。
 この論文は、質問項目による回答バイアスの存在を指摘したものですが、悪く言えば「問題を指摘しただけ」で終わっています。これに対して、「回答バイアスを事後的に補正することで、既に取得された社会調査データの価値を高めることができないか」という問題関心に基づいて行った研究論文を準備中です。いずれ公開できるものと思われますので、ぜひお楽しみに。

※広報委員会註:後日論文が採択され、プレプリント( https://psyarxiv.com/kt2eb/ )が閲覧可能です。 
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『社会心理学研究』は,日本社会心理学会が刊行する学術雑誌です。
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■文責 日本社会心理学会・広報委員会