207号「論文をたくさん書く」

★本コンテンツは,日本社会心理学会会報 第207号 に掲載されたものです.

エディトリアル

清水 裕士

最初に断っておかなければならないのは,この企画が「大いに自戒を込めた」ものであるということだ。この企画タイトルをみた私の共同研究者達が,苦々しい顔でこれを読まれていることは想像に難くないが,それでも私の考え方が180度とまではいかないまでも132度ぐらいは変わった本である以上,紹介しないわけにもいかない。

それは,SNSで話題になっていたことで知った『できる研究者の論文生産術 どうすれば「たくさん」書けるのか』という本である。これは実は訳書で,アメリカの社会心理学者であるPaul J. Silviaが書いたものである。もとのタイトルは『How to Write a Lot』である。タイトルからして直球である。

この本は,実は私が広島大学にいた頃には知っていたはず(実は次の記事の著者である,当時広大の院生だった川本氏に教えてもらった)だが,その時は「そういう本があるのかー」ぐらいで流していた。しかし,今年度から関西学院大学に移り,自分の新しい研究環境,教育環境を構築しないといけないタイミングで,この本の訳書が出たのである。なるほど,書かないといけない論文がたまっている。あ,本も書かないと・・・。SNSでの盛り上がりの中,半分ネタ的に読み始めたのだが,それはもう面白いほど,私がこれまで築き上げてきた「論文を書かないための言い訳」が粉砕されてしまったのだ。

この本では,論文を書かない言い訳を一つ一つ,丁寧に潰してくれる。すべてを挙げる余裕がないので一つだけ紹介しよう。おそらく誰もが言ったことがある「まとまった時間さえとれれば書けるのに・・」という言い訳について,著者は「授業や会議と同じように,執筆時間をスケジュールに入れろ」と言ってくる。忙しい大学での生活において「書くため時間」を「見つける」なんてことは,ジャングルの中で珍しい生物を発見するのと同じぐらい絶望的なことだ。見つけるのではなく,授業と同じように,あらかじめスケジュールに設置しておけばよい,というわけだ。

「そんなこと言われても,会議や予定が入るし・・」と有職者の方々は思っただろう。これについても著者は,ご丁寧に3つぐらい急な会議や予定を断るためのノウハウを書いてくれている。要は,「執筆時間」は,授業や委員会と同じぐらい守らなければならない「すでに入っている予定」にするのだ。仮に週に2コマでも執筆時間を設定すれば,半年で論文は1本書けるだろう。とりあえず,清水には少なくとも木曜3,4コマは会議の予定をふらないでいただきたい。

上に挙げた例以外にも,「まだ分析終わってないから書けないし・・」とか「論文を書くためには文献を読まないと・・」とか「インスピレーションが湧いた時が一番いいものが書ける」とか,もう思いつく言い訳はたいてい粉々である。そうするとどうだろう,不思議と「あ,書けるかも」と思えてくるのである。

この例だけでもお気づきかも知れないが,この本はすでに職を得た研究者こそ読むべき本である。有職者がもつさまざまな書けない言い訳をつぶし,それだけでなく,書くための勇気をくれるのである。もちろん,現在院生やポスドクで,論文をたくさん書きたい!という意欲あふれる若手の方にもオススメである。

次の記事では,実際に院生時代から『How to Write a Lot』だけでなく,Silviaのもう一つの著書『Write It Up!』についても実践している東大PDの川本氏に,その内容や成果を紹介してもらう。若手の人が論文を書き続けるきっかけになればと思う。

(しみず ひろし・関西学院大学) 

2つの教科書

川本 大史

「ある研究者はなぜたくさんの論文が受理されるのだろう?」

この疑問は、修士・博士課程のときに私がよく考えていたものである。社会的排斥研究では、DeWallEisenbergerの論文をよく目にする。私も彼/彼女のようにたくさんの論文が受理されるようになりたいが、なかなかうまくいかない。もちろん研究デザインや分析手法の差もあるだろうが、何か他の原因があるような気がしていた。論文執筆はゴール(accept)の見えない複雑で長い迷路のようだった。ずっと悩んでいたが、2つの本が疑問に対する答え—「習慣化」と「論文の公式」—を提供してくれた。

1つ目は、Silvia (2007)のHow to write a lot: A practical guide to productive writingである。この本では、(1)時間を割り当てる、(2)記録をつける、(3)優先順位をつける、ことで執筆作業を「習慣化」することの重要性を述べている。たくさん論文が受理されている人は、たくさんの時間論文を書いている。答えは予想以上にシンプルだった。やる気があるときに一気に書くのではなく、やる気の有無にかかわらずコツコツ書く。この本を読んでから毎朝規則正しく論文を書くようにしている。そして、実際に論文を書きあげることができた。たとえば、社会的排斥が引き起こす個人内・個人間過程について社会心理学・社会神経科学の観点からまとめたレビュー論文(Kawamoto et al., 2015)は、構想から3ヶ月で投稿することができた。「習慣化」を知っていなければ、もっと時間がかかっていたかもしれない。しかし、他の論文は必ずしも受理にはつながらなかった。たくさん論文を書く人のもう1つの秘密­—「論文の公式」—を知らなかったためである。

2つ目は、Silvia (2014)のWrite it up: Practical strategies for writing and publishing journal articleである。この本では、序論の書き出し、論文パターン(“①Which one is right?”, “②Here’s how this works”, “③Things that seem similar are different [or vice versa]”, “④Here’s something new”)ごとの序論テンプレート、考察で書くべきこと・必要があれば書くことなどがまとめられている。たくさん論文が受理される人はたくさんの時間論文を書いているのに加えて、「論文の公式」を知っている。特に、論文パターンは私のこれまでの論文を振り返るとどれかにあてはまり驚いた。たとえば、排斥されている最中の前部帯状回背側部の活動が、社会的排斥に対する反応か予期違反に対する反応かを検討した研究は①にあてはまる(Kawamoto et al., 2012)。①は対立があるため面白い。排斥されている最中の認知・感情・動機の変化、排斥された後に生じる所属調整の心理生理学的基盤を検討した研究は②にあてはまる(Kawamoto, NIttono, & Ura, 2013, 2014)。②は不確かさがあるため面白い。排斥に対する敏感さについて、進化理論と拒絶感受性理論の調和と差異化を目指した研究は③にあてはまる(Kawamoto et al., in press)。③は対立と驚きがあるため面白い。排斥された後に笑顔に対して攻撃性が高まる場合があることを示した研究は④にあてはまる(Kawamoto, Araki, & Ura, 2013)。④は発想自体が面白いが、最も難しい。実際に受理されるまでに苦労した。論文パターンごとに序論のテンプレートがあるということを知っていれば、査読者に論文のメッセージがより伝わっていたかもしれない。この本を読んでから、執筆作業がより楽しくなり、効率も上がった。本の効果は査読コメントの変化にもあらわれた。メッセージが明確に伝わるようになり、文章・段落間のズレを指摘されることが少なくなった。なお、私のHPでもう少し詳しい本の紹介をしている(http://tkawamoto.web.fc2.com/writing.html)。

2つの「教科書」は、執筆作業にエネルギーと地図を与えてくれる。道筋—「論文の公式」—がわかり、進む力—「習慣化」—が加われば、ゴールに到達しやすい。長い道のりの先には、世界中の研究者が手を広げて待っているかもしれない。私の論文は、幸運なことにDeWallやEisenbergerのグループに引用していただけた。自分のやってきたことが、大きな研究枠組みの中で少しは役に立てた気がしてうれしかった。 

(かわもと たいし・東京大学/学振PD)