210号「もう一つの学会」

★本コンテンツは,日本社会心理学会会報 第210号に掲載されたものです.

エディトリアル

杉浦 淳吉

今回,広報委員会企画として,「もう一つの学会」というテーマを設定しました。日本社会心理学会の会員の皆様は,他の学会にも掛け持ちしていることも多いと思います。最も多いのは日本心理学会や日本グループ・ダイナミックス学会などでしょうか。こうした関連学会以外にも,社会心理学は学際的な学問ですから,会員の方々は,様々な学問領域と連携し,また社会心理学の知見を生かす様々な応用的フィールドの学会にかかわっておられるでしょう。そうした「もう一つの学会」を会員でシェアできれば,新たな研究交流が生まれ,社会の要請に応えるステップになるのではと考えました。社会心理学に軸足を置く場合もあれば,そのもう一つの方に軸足を置く場合もあるでしょう。いずれにしても,その会員が行う研究が異分野の橋渡しをしていることになるといえるのではないでしょうか。「もっとこういう分野に社会心理学研究者に出てきてほしい」というような需要を発掘し,研究フィールドを開拓することは,社会心理学のプレゼンスを高めることにもつながると思います。

そこで,「あなたにとっての『もう一つの学会』をご紹介ください」との問いのもと,広報委員,社会心理学研究の最新号の著者の方々や,その知り合いの方に回答をお願いし,掛け持ちする学会について紹介してもらいました。

基本的には以下の問いを用意しましたが,他にアピールできる点などあれば,独自の視点からご紹介いただいています。

  1. あなたが掛け持ちして所属する「ちょっと珍しいのでは?」「社会心理学会の会員にこういう研究分野を知ってほしい!」という学会はありませんか?それを一つ紹介してください。
  2. その学会の特徴を簡単にご紹介いただけないでしょうか。構成メンバーや研究発表の特徴はいかがでしょうか。社会心理学会で研究発表を行うのと何が異なるのでしょうか。
  3. その学会にはどのような経緯でかかわるようになられましたか?是非ご自身のご研究もあわせてご紹介いただければ幸いです。

結果として,9つの学会の紹介を紹介できることになりました。電子情報通信学会と日本選挙学会はお二人の方からご紹介いただきました。読者の皆さんは,他にも,ユニークな学会,会員の方々に知ってもらいたい学会がたくさんあることでしょう。今回の企画を手始めに,学会間の交流がより活性化し,日本社会心理学会が様々な学術分野をつなぐプラットフォームとして機能していくことを期待したいと思います。


(1)電子情報通信学会 https://www.ieice.org/jpn/

(2)電子工学や情報工学に関して広く扱い,会員数約3万人の国内でも最大級の学会です。構成メンバーは大学や公的研究機関の研究者はもちろんのこと,企業に所属する研究者も多いです。学際領域を扱うグループもあり,心理学者の発表も有ります。最近は人に関する研究成果も発表される機会が増えてきていますが,社会心理学会での発表と比較すると,その研究成果で具体的に何の課題をどのように解決するのか,と言った応用に関する議論が多くなる傾向はあると思います。(あまりに研究会の数が多く,私ひとりで学会の一般論を語るのは難しいです…)

(3)私は,工学修士として企業の研究所に配属されました。当時は無線通信技術の研究をしており,周辺の研究者が皆電子情報通信学会に所属していたため,私も入りました。入社10年目に気持ちの良い通信サービスの実現というテーマに研究を変更した際に,右も左も分からない状態で心理学分野を広く研究対象の候補としたため,当時の共同研究者の専門分野に合わせて,社会心理学会,認知心理学会,認知科学会,日本心理学会に所属しました。

(回答者:新井 田統・KDDI研究所)

(2)電子情報通信学会は,電話やインターネットなどの通信技術に関する学会であり,会員の多くは工学研究者です。主な研究分野は素材やエレクトロニクスなどのハードウェア,信号処理や計算科学などのソフトウェアといった工学的研究だと言えます。一方で,通信技術は人と人との情報伝達を目的とするものであり,人間に関する興味も持つ学会です。特に近年は,人のコミュニケーションの本質に迫ったり,コミュニケーションの質を高める技術開発への興味や要請が高まっており,社会心理学(および心理学一般)の知見を流用した研究も増えていると見ています。社会心理学会との差異をあえて挙げるとするならば,社会心理学会が人の認知・行動の基礎的/理論的知見を追求する点に重きをおくのに対して,電子情報通信学会では応用的/問題解決的側面に重きをおいているように感じています。

(3)電子情報通信学会は3万人の会員を抱え,研究分野も多岐にわたります。そのため,学会組織の階層化が高度に発達しています。そのような下部組織のひとつに,ヒューマンコミュニケーション基礎研究会( http://www.ieice.org/~hcs )があります。目標として「人間のコミュニケーションの特性を理解し,それを支援するための通信技術にかかわる基礎的な研究を発表する場の提供を目的とした研究会です。」が掲げられており,心理学研究と通信工学研究の学際的分野をカバーすることを目的としています。この研究会には古くから社会心理学会員が役員として参画しており,ある社会心理学会員の先生から誘われて自分も参加するようになりました。自身の研究の応用先を考えるのにあたって有益だと思いますし,工学研究者に対しては社会心理学の知見やトレンドを情報提供することで重宝がって貰えているようです。

(回答者:松田 昌史・NTTコミュニケーション科学基礎研究所)

(1)日本選挙学会 https://www.jaesnet.org/

(2)選挙に関する学際的な学会です。社会心理学者の方も所属しておられます。選挙に関する理論的な研究,統計学を用いた実証研究など様々な研究が発表されます。また,マスコミ関係者のような実務家による現実の選挙に関するお話もあります。

(3)大学院生のころ,お世話になった研究会のみなさんが所属していたので入会しました。

(回答者:今在 慶一朗・北海道教育大学)

(2)選挙や政治に関連した研究者が集まる学会ですので,歴史や法律について研究している方もいらっしゃいますが,かなりの割合の方々が社会心理学会と同じように調査や実験データを用いた研究を行っているので,方法論や統計分析についての前提をある程度共有した上で議論が可能です。とくに,政治学において因果推論に関する議論が盛り上がっているため,実験研究への注目は非常に高まっています。

学会の形式としては,口頭発表は20分と長く,1つのセッションは口頭発表3本+指定討論2本で構成されている場合がほとんどです。公募もありますが,多くは企画委員の依頼で成り立っていますので,院生や若手研究者にとっては,口頭発表を行うようになるまでが1つのハードルになっています。一方で,登竜門的な場として口頭発表とは独立した時間帯にポスターセッションが組まれています。1回の学会におけるポスター発表は15本程度ですので,多くの方にポスターを見てもらうことができます。

(3)指導教員の影響で政治の研究を行うようになる中で紹介され,学会に参加するようになりました。初めての学会発表は,政党スキーマに関する研究で,完全アウェーのつもりで参加したのですが,ポスターセッションのパネルの真裏が(政治学者の方による)エピソード記憶についての研究でしたので,記憶つながりということで一気に親近感が増したのを覚えています。また,社会心理学に関心を持つ政治学者の方,社会心理学の知見を用いた研究を行う政治学者の方が少なくないということは,選挙学会との関わりが増す中で,さらに感じていくことなりました。

(回答者:稲増 一憲・関西学院大学)

(1)日本リメディアル教育学会 http://www.jade-web.org/

(2)「リメディアル教育」という名前になっていますが,リメディアル教育にかかわらず,大学教育にかかわる研究発表が網羅的に行われています。教育学プロパーの方もいらっしゃると思いますが,専門を別に持っている方が多いような気がします。いわゆる学際的な学会なので社会心理学者も特にデータ分析などについて貢献することができると思います。さまざまなバックグラウンドを持つ方が集まるのでおもしろいです。

(3)学内で応用言語学を専門とする教員らとeラーニングに関する共同研究を行っております。eラーニングを用いて簡単に教材が作れるように支援するツールを開発したり,eラーニングを用いて行った教育の成果を測定したりする研究です。これらの研究成果を発表する場として選んだのがこの学会です。

(回答者:中西 大輔・広島修道大学)

(1)環境情報科学センター(環境情報科学研究) http://www.ceis.or.jp/

(2)学会の主な構成メンバーは,環境問題に関する研究に従事している大学,国公立および民間の研究機関の研究者,国・自治体の行政担当者,公社・公団・民間企業などの技術者,教職員などです。日本社会心理学会と大きく異なる点は,学会発表と論文審査のシステムです。年に一回発行される論文集に論文を投稿し,通常の論文と同様に審査がなされます。この発表原稿は段組で文字が詰まった状態で仕上がり6ページなので,ほぼフルペーパーの分量です。実際,採択率は50%台,つまり40%以上はリジェクトされるというシビアな論文誌です。この査読に通って採択されてはじめて研究発表を行なうことができます。発表は並行セッションが少なく,きちんと準備された発表を聞けるので,学会発表の質も高く維持されています。他分野の研究について一定以上の質の発表をまとめて聞け,よい交流の場となっています。

(3)共同住宅での家庭ごみの不適正排出抑制のために,あいさつ活動や情報フィードバックの効果を検証した研究を投稿したのがきっかけでした(森・大沼, 2011)。心理学では統計的に有意であったかどうかが重要な判定基準となるため,少ないサンプルで検定できないような研究は論文になりにくいですが,こちらの学会では,統計的な検定ができなくても,ユニークで実践的な取り組み(再現不可能な社会実験も重要視されます)や政策提言に有益かどうかが審査基準になるため,こちらの学会に投稿しました。その取り組みが実践的か,現場にとってどのような意味があるのか,どのような政策提言に繋がるかについては,心理学では考えられないような厳しいコメントもあります。ところ変われば,論文審査の価値や基準が異なることも勉強になりました。最近では,ごみステーションの排出状況と地域のつながり,地域の物理的なつながりを検討した英語論文が掲載されました(Mori et al., 2016)。こちらの学会誌に投稿した理由は,上述の実践的な観点に加えて,環境問題についてsocial capital論やコミュニティ論などの観点からアプローチをしている研究者らが当該学会にいることから,こちらの分野で有益なコメントをいただけると判断したためです。環境情報科学は,環境問題に関する研究者が多く集まる学会であり,社会科学だけではなく,自然科学や行政の担当者が集まる学会であるため,さまざまな研究の読者に自分の研究をアピールする場だと思います。

(回答者:森 康浩・北海道大学)

(1)日本シミュレーション&ゲーミング学会(JASAG) http://jasag.org/

(2)この学会は1989年に設立され,工学,経済学,経営学,法学,心理学など学際的なメンバーで構成されています。私は1991年から加入していますが,当初はファミコンやドリキャス,プレステ,パソコンゲームなどの教育的活用や経営ゲーム,社会シミュレーションなどが中心でした。現在は,ゲームの開発,ゲームを使った研修や教育の研究が多くなっています。また,国際シミュレーション&ゲーミング学会(ISAGA)との連携も密で,昨2015年には京都の立命館大学で国際学会を開催しました。学会大会の特徴は,通常の学術セッションの他に,ゲームの実演や体験セッションを含むところです。特に国際学会で顕著ですが,ゲームのルールを理解し,戦略を考え(もちろん勝利をめざします),ふりかえりのセッションでしゃべり倒すのが体験セッションの醍醐味です。

(3)社会心理学者としては,ゲームの含意や使用方法ももちろん考えたりもしますので,集中力も必要な学会です。割り込み会話力と体力に自信のある社会心理学者の皆様には是非参加していただきたいなと愚考する次第です。

(回答者:吉川 肇子・慶應義塾大学)

(1)人工知能学会 http://www.ai-gakkai.or.jp/

(2)「人工知能」という名前はついていますが,最近のAIブームで創設以来おそらく何度目かの世間の注目を集めているとはいえ,情報学全般を扱う学会で,なおかつ情報学というのが非常に学際的かつ曖昧な領域なので,特徴をこれといって挙げるのが難しいです.研究発表も,自分の関係するセッション以外は何をやっているのかよく分からないくらいの,心理学者から見ると多岐にわたる内容のものがあり,大規模です.研究発表に対するリアクションは,想像がつくと思いますが,社会心理学会なら発表が終わった途端に総ツッコミを受けるだろう研究方法やデータ分析の細かいところはほぼスルーで,要するに何が分かったか,それが将来的な何らかの情報システムの実装にどう役に立ちそうか,というところに関心を持たれます.ただ,私にはそれがぴんと来ないものですから,発表賞をいただいたり論文執筆の招待をいただいたりと,いつも割と受けはいいのですが,なんで受けてるのかよくわからないなあ,と思っています.学問の枠にとらわれない,遊び心が豊かな学会ということもしれません.

(3)もう20年ほど前になりますが,オンラインコミュニケーションの研究を始めた頃に知り合った情報学の先生に「誰か研究プロジェクトに来てくれる心理学のポスドクや院生はいないか」と言われて紹介したついでに自分もプロジェクトに関わるようになった,というのがきっかけです.

(回答者:三浦 麻子・関西学院大学)

(1)日本行動計量学会 https://bms.gr.jp/

(2)名前の通り,行動を計量する理論や方法論,その実践的な研究について興味がある人が集まる学会です。もともとは木下冨雄先生や飽戸弘先生など社会心理学者も多くいた学会ですが,最近ではほとんどいなくなってしまいました。 「統計学者の学会」と思われがちですが,そんなことはなくて,最近はマーケティングや社会学者など,計量データを使う多様な領域の人が集まる学際的な学会になりつつあります。また,誰もこの学会をメインにしていないという,「みんなのセカンド学会」という性格もあって,非常に入りやすい学会です。 そういったいろんな領域の方々と意見を交換する機会もありますし,何より最新の統計手法についての話もいち早く聞けるという,お得な学会です。

(3)私自身が統計に興味があるので,知り合いに誘われて参加しました。今まで発表したのは家族関係の分析で,テーマもデータも社会心理学的なものでした。

(回答者:清水 裕士・関西学院大学)

(1)日本生理人類学会 http://jspa.net/

(2)「生理人類学」は自然人類学(いわゆる理系の人類学)の中でも特にヒトの生理からアプローチする学問です。人類学といっても,人類の歴史や進化だけではなく,現代人の生活科学・人間工学に近い内容も広く扱っているようです。社会心理学だとたいてい社会的要因や心理的要因(だけ)で現象を説明しようとしますが,生理人類学では生理要因(体内の物質の変化や遺伝要因など)だけで説明しようとするのが,一番新鮮でもあり,社会心理学にどっぷり浸かった者としては違和感を感じるところでもあります。

(3)ポスドク時代に九大・芸術工学研究院・生理人類学講座で少しお世話になったのがきっかけです。 ヒトの社会性に関しては,生理人類学でもホットトピックなようで,社会心理学との関連で言うと,進化社会心理学や社会神経科学との親和性は高いと思います。 / 一度,シンポジウムにもスピーカーとして呼んでいただき,シンポ論文として『日本生理人類学会誌』にこんな紹介記事も書いたことがあります。

社会心理学から集団を科学する : 生理人類学との連携を目指して(<特集>”集団”を科学する〜若手研究者が考える未来〜(70回大会シンポジウムの紹介))

(回答者:縄田 健悟・九州大学)

(1)廃棄物資源循環学会 http://jsmcwm.or.jp/

(2)廃棄物や資源循環をテーマとする学会で,工学・技術系が多く,他に経済や法律など社会科学系,環境学習や市民が主体となった集まりもあります。企業の参加も多く,年次大会も平日に行われることが多い。

(3)大学院生の頃に参加した共同研究で,調査研究そのものは社会心理学を応用する環境(ごみ問題,リサイクルの促進)研究でしたが,工学部の方と共同で分析をすすめるうちに発表先の候補となり,会員になりました。社会心理学からのアプローチはオリジナリティが評価され,論文賞も受賞することができました。少しずつ自分自身のテーマもかわり発表も最近はご無沙汰ですが,それでも未だに会員としてつながりをもっています。

(回答者:杉浦 淳吉・慶應義塾大学)