第51回公開シンポジウム

日本社会心理学会2007年度第51回公開シンポジウム
「スピリチュアリティ研究の最前線」

会期

2007年6月2日(土)午後1時30分 – 4時30分

会場

愛媛大学教育学部大講義室

企画者

中村雅彦(愛媛大学)

司会

中村雅彦(愛媛大学:心理学)

概要

 現代に生きる人々には、生きる意味や人生の目的を見失い、自ら命を絶ったり、他者の生命を脅かすような行動に出る人も少なくはない。先行きの不透明な社会、明るい展望の見えない生活、崩壊した家族、希薄化した人間関係、人々の心は一体どこまですさんでしまうのだろうか。
 学校教育の現場に「心の教育」という言葉が登場するようになって久しい。が、その多くは子どもの対人関係能力や道徳性の発達に主眼を置いたものになっている。しかし、企画者は、それにとどまらず<スピリチュアリティ>を中核に据えた心の発達を支援するアプローチがあってもよいと考えている。それはゆりかごから墓場まで、一生涯をかけて進んでいくものでもある。
 <スピリチュアリティ>という言葉は、宗教意識に取って代わって、最近、医療(看護)、心理臨床、社会福祉、教育などの対人援助領域においてよく使われるようになってきた概念である。簡単に言えば、「目には見えない大いなる存在とのつながり」があることに気づき、神秘体験や感動体験、深い心の平安を経験して、人生に意味と目的を見いだせるようになる状態をさしている。たとえば、大自然とふれあって、その美しさに感動したり、その脅威を目の当たりにして畏怖の念を覚えること。また、絵画や音楽に心を打たれることや、日常生活の些細な出来事にさえ「魂が揺さぶられる」ように感じられることも<スピリチュアリティ>体験の一種である。
 要するに、<スピリチュアリティ>とは、特定の宗教組織、教義、教祖とは関係なく、すべての人間に普遍的に存在する心性である。それは、経験や実践を通して感得される感性に基づいている。
 本学会主催の公開シンポジウムでは、スピリチュアリティ(霊性、宗教意識)の理論と実践、研究アプローチについて、多様な領域で活躍されている先生方にその現場や研究の最前線のお話しを賜り、社会-文化的な現象を説明するための領域横断的なキーワードとして<スピリチュアリティ>という言葉が持っている可能性と、その社会的意義について突っ込んだ討論ができればと考えている。

話題提供者(発表順)

  1. 樫尾直樹(慶應義塾大学)
    「なぜ今スピリチュアリティなのか?―宗教学の最前線」
     本報告では、宗教研究におけるスピリチュアリティ研究の最前線について言及することを通して、なぜ今スピリチュアリティなのかについて論じたい。スピリチュアリティとその研究の価値について議論するということはとりもなおさず、スピリチュアリティ概念の終焉について語ることになる。具体的には、
    i. なぜ今スピリチュアリティなのか?―スピリチュアリティ現象とスピリチュアリティ研究の広がり、
    ii. 宗教研究におけるスピリチュアリティとスピリチュアリティ研究の位置、
    iii. 教団、ニューエイジ(現代宗教)から大衆文化/職場/ネットへ、
    vi. 生活の中で醸成されるスピリチュアリティ―スピリチュアリティの終焉に向けて、という内容になる予定である。
  2. 大下大圓(高野山大学)
    「スピリチュアルケアと宗教的ケア」
     WHO(世界保健機構)では憲章の健康定義修正変更を1998/6月の理事会で採択した。「病気や疾病の不在のみならず、身体的、精神的、社会的、およびスピリチュアル的に健康な力動的状態」とするこの内容は現代社会の課題に心理的ケアだけでは不十分で、人の深いレベルに基点をおいた関りが必要であることを意味する。このスピリチュアリティやスピリチュアルの邦訳には「霊的、たましい的、心性的、実存的、宗教的」などがあり、リポートには「人生の意味」と捉えることも説明がある。現在欧米での実際的な臨床ケアには、パストラル・ケア、宗教的ケア、そしてスピリチュアルケアがある。これら3種類のケアは通常ほぼ同じものとみられているが、それぞれ特徴がある。それらを概観しながら、日本の精神文化としてのスピリチュアリティを、日本の基層思想や仏教的祈り、マンダラ思想をもとに再評価してみたい。
  3. 弓山達也(大正大学)
    「スピリチュアル教育の可能性」
     本発表の目的は、特定の宗教伝統や教団と結びつかない宗教性を教育現場で伝えるスピリチュアル教育に関して、その背景となる議論と可能性を明確にするものである。昨年末の教育基本法の改正で、第二条に教育の目標の一つとして生命尊重が新たに明記され、そのプロセスで宗教教育や宗教的情操をめぐる論争が巻き起こったが、公教育に宗教を持ち込まない原則が貫かれた。文科省は2005・06年度に道徳教育推進事業として「命を大切にする心をはぐくむ教育の推進に関する研究」をモデル校で実施し、そこでは宗教抜きのいのちの教育の模索されている。しかし神道が示す生命観や仏教の死生観を捨象して、いのちの教育は難しい。スピリチュアル教育は、特定の宗教と一定切り離されているという意味で、今後注目を集めると考えられる。発表では、モデル校の状況やいのち教育の議論を踏まえながら、スピリチュアル教育の可能性について述べていきたい。

(指定討論者)

  • 大坊郁夫(大阪大学)